ギャラリー島田では初の個展となる吉田廣喜さんです。

展覧会のタイトルの「津高先生と共に歩んだ」の言葉。deuxで開かれている「津高和一展 津高和一を偲んで、豊富な資料とともに」に合わせての開催です。

1月19日のギャラリートークでは、大阪芸術大学在学時に津高さん(当時、同大学教授)と出会ったその経緯に始まり、架空通信テント美術館など、共にされた様々な活動、また津高さんの複雑な生い立ちや私生活のエピソードなどなど、貴重なお話をたくさん聞かせていただきました。

なかでも印象的だったのは、芸術というのは遊びだ、とことん遊ぶことだという津高さんの言葉。津高さんのような一種哲学的な、凝縮された作品を作る方の言葉だと思うと、いっそう興味深く感じられます。

吉田廣喜さん(奥)と聞き手の島田誠

吉田廣喜さん(奥)と聞き手の島田誠

 

そういう津高さんの芸術観を吸収しつつ、吉田さんは独自の世界を展開してこられました。

今回の展覧会の紹介はこちらでご覧になることができます

どれも心躍る作品です。

繰り返しあらわれる矢印や✕印。文字のような記号の連なり。何かの説明書のようにも見えます。

ホックニーの連作版画のような物語めいた楽しさがあり、また、パイオニア探査機に積まれた金属板のようなミステリアスな感じも。

夢の回路Ⅳ

夢の回路Ⅳ

しかし、判じ絵のようになってしまってはいけないと吉田さんは言います。意味をもちすぎてはいけない、と。

説明書や組立図のようであっても、何も説明せず、何も作り出すことのない説明書です。

吉田さんと<意味>との静かなたたかいがあるようです。

「遊びといっても」と、吉田さんはまた言います。「ルールの決まった遊びじゃないんです。自分で作る遊び。それが遊びの真髄でしょう」

それは勝手気ままな遊戯とはほど遠い、緊張に満ちた行為であることでしょう。

吉田さんの作品のもつシャープな印象も、そこから来るのかも知れません。

春の呪文

春の呪文

写真では伝わりにくい吉田作品のシャープさの魅力、そして何より心弾む楽しさを、是非ご自身の眼でお確かめください。ご来廊をお待ちしております。

(T)