企画構成:窪島誠一郎(信濃デッサン館・館主)

汪洋展

野見山さんの絵は落書きの名人が描いたように、いや名人が描いた落書きのように見える。それは失礼だろう。でも本人が「歳月」というエッセイでアール・ブリュットと比較して「自分の若いときからの作品に見入っているうちに、なにか奇妙なものが、うごめいているような気がしてきた。取 りつくしまのない、いやこの世に生きている人間とは無縁の景色。自分はいったい何を描いてきたのだろう」と書いている。野見山さんはエッセイの名手であり 座談の名手である。すべてに共通しているのは気楽に、冗談のように、落書きのように、大切な確信を、そっと差し出していることではないか。作品にそえられ た画題は絵解きの鍵であり、新川和江(詩人)さんとの「詩画集 これはこれは」(玲風書房)では、言葉で触発される野見山さんの魅力が横溢している。私事 で恐縮ですが家内を亡くしたあと、忘れえぬお手紙をいただいた。「妻を失くすというのが、どういうことか、小生、パリにようやくの思いで迎えて、やっと一 年。それだけに濃密であったと思います(このフレーズは書いた上を一本の線で消してありました)。異国の病院で癌を宣告、やがて死」と、自らを重ねられ、 ギャラリー島田の仕事を「主張が貫かれていて、その眼が確かで貴重です」とありました(2009年10月11日付)。奥様のことは「パリ・キュリイ病院」 (弦書房)という名著として残されています。

島田 誠

歳月
古代の人間が、洞窟の壁にその日その日の収穫や、他部族との闘争を刻みこんだように、そうして時には、皆でその壁の前に集まって、その歓びや興奮を分け合って飲んでもいただろう。
それが展覧会だとぼくは思っている。
かっての共同体の日々が、どう移り変っても、暗い洞窟の外に拡がる天地や、個々の出来ごとを、 壁に再現してみせれば、それはそれなりの共感を得るはずだ。
たとえ共感を得ないにしても、独り坐りこんで眺める楽しみは充分にある。 野見山暁治
(野見山暁治展(2011年)ブリジストン美術館カタログ「歳月」から)

◆B1Fにて 12:00~19:00
※火曜日は~18:00、最終日は~17:00まで。

■会場の様子 ※画像をクリックすると拡大して表示されます。

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