アーノウ展

今回のアーノウ展はBF1の栃原敏子展とコラボレーションするように企画されました。勿論、作品としては全く独自であり、影響しあうものではありません。しかしNYから来られて旧知の画家同士が時期も場も合わせてギャラリー島田で発表される。楽しみです。アーノウの作品の変遷を辿ってみると、同じ問題意識が貫かれていて、その欲求が意識下で重層的に色彩が重ねられ複雑で美しいマチエールとなり、それが微細な耀きから、骨太の色面に、またドロッピングへ、ストロークへと変化、進化し、そのダイナミックな変革がアーノウの一種のスタイルを形成しています。根底にある社会を取り巻く難解で不可視な状況を秘めながら、溌剌と清新に前進していく力を漲らせているようです。

島田 誠

「アーノウの作品」 バーバラ・ブラーセン

・・・アーノウは模索しながら度重なる経験から、優美で静謐な油絵を創造している。作品の画面は精巧に仕上がったツイードのタピストリー(織物の壁掛)のように絵具が分厚く見える。それらの作品は、みな申し合わせたようにどこから見ても同じ表面を見せて「場」を創り上げている。その「場」の背景には、大きく凝縮され発展に移行してゆく、表面は絵画的な空間があり、全体としては狭い競技場で押し合いへし合いするかのように、永久に緊張が解けない空間である。本来は単色の作品であるが、中間色調の暗い赤、青、アンバー(琥珀色)を見せている。それらは強く確固として存在している。

ハジェは、レンブラント、ヴァン・ゴッホ、ジャコメッティ、デクーニング、ポロックなどを師と仰ぎ、自力で習得した。彼は、殊に永続するアウシェヴィッツの記憶を疎外し、切り離す意識を把握することに関心を持っている。アートを創造し並外れた作品を実存させ、賞賛を受けて存続することは、あの罪悪に対抗し希望を与える。ハジェの絵画は大変効果的に、苦痛に耐える支えとしての役を果たし、威厳をもってそれを持続し、全く至難とされる美的資産にまで到達しようとしている。

アーノウの言葉

言語を学ぶこと、文字や語彙、表現や文章、色合いや質感、独特な表現や微妙な言い回しなど、は絵画表現を学ぶのとたいへん似通っている。それは潤滑に相互理解を深め交流出来るようにしようという挑戦である。

一枚のキャンヴァスを構築するということは、自身の人生を構築するようなものと言えないこともない、何故ならその行程は、その時々の岐路での決断、人生行路を構築してくれるかもしれないチャンスとの出会いだからである。

色彩の選択、使い方や並べ方、が自由さと潜在意識の心の奥底から出て来る光を映す。

私は絵画を深く愛する。真のレンブラント、ターナー、ヴァン・ゴッホ、モネ。最高の国際共通言語であり、真の感情伝達であり、時空を超えている。そして又、スーラージュ、デクーニング、ポロック、ロスコ、ジャコメッティ、フランケンセラー、クラインの現代絵画の中に、有難いことに我々は自分を見出すことができる。

言語を学ぶこと、文字や語彙、私は大変危険ではあるが、目に見えない線に乗ってゆくのが好きだ、そこに画家は束の間の平衡を発見しキャンヴァスに創作する。

キャンヴァスと画家は常時戦っている。間違って引いた線、そぐわない色、失われたキャンバス。もし、アーティストが優位に立ってしまうと結果は酷いことになる。しかし、対話が成立し一体になった時、絵画作品は感情的充足を得て完成する。

喜 び と 至 福 は は か な い 。

アーノウ

プロフィール

1993年 メヤーレジュ ギャラリー (パリ)
1998年 P.S.122(NY) ソレックス(NY)
1997年 P.S.122 (NY) ウモウ ギャラリー センジャァマイン(パリ)
2005年 キャストアイアン ギャラリー(NY)
2008年 ギャラリーモーリオット
2009年 高輪画廊(東京)  ブルーボックスギャラリー(岡崎) ギャラリーマークハシェム(NY)  ギャラリーモーリオット(ロス)
2013年 ブルーボックスギャラリー(岡崎) 高輪画廊(東京) ギャラリーマークハシェム(パリ) ギャラリーヴィヴェンディ(パリ)

アートフェア出品多数

◆1F deuxにて 12:00~19:00
※火曜日は~18:00、最終日は~17:00まで。

■会場の様子 ※画像をクリックすると拡大して表示されます。

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