個展に寄せて
私は現在、十数年に及ぶパーキンソン病に罹った妻をモデルに、介護しながらライフワークとして作品を制作し続けている。
最初の頃、妻の介護と制作が別々では生活が成り立たない。介護する事で仕事を辞めざるを得ない例は枚挙にいとまがなく、大変な状況を強いられるのだ。逆な見方をすれば、家族と云えども同床異夢的な存在だけに、生々しく拘わる機会でもあろう。かつて颯爽としていた妻の体を病魔が蝕み、容赦無く身体機能を次々と奪うのだ。今や少しでも薬を怠ろうものなら、瞬く間に脳が不全に陥り想像を絶する苦痛の中、死に至らしめる原因不明の難病である。例えて言うなら、制作途中の粘土彫像のように湿布を巻き忘れると、彫像は乾燥して其処ら中に亀裂が走り崩れゆく。それでも皹割れた隙間から覗かせる魂の生き様とする姿は、真に神々しく尊厳に満ちて美しい。
人はそんな風にして、選べなかった時代や身体に宿る命を使い切る事で旅立つのだろう。パーキンソン病を完治出来る未来は現在無くとも、妻の闘病姿に寄り添い自分にも訪れる生死を夢想しながら作品を制作している。
その事が、私に遺された画家としての使命感であり、誇りに想うのだ。
木下晋


木下晋と海文堂ギャラリー、ギャラリー島田との関り

薦められて1989年にストライプハウス美術館で木下晋とその作品に出会い、作品にも作家にも衝撃をうけ、足跡を辿るように紹介してきた。
当ギャラリーでの木下晋展は次の通りです。1991年 初めての個展、以来、93、95、97、98、2001、02、05、08、13と10回を数える。
多くのコレクターへと作品を渡してきた。そして、画家と過度に密着することを好まない私だが、何故か木下さんとは、一緒に旅をし、遠方まで脚を伸ばしたものだ。
佐喜眞美術館(沖縄)、久万美術館(愛媛)、池田20世紀美術館(静岡)、信濃デッサン館(長野)、熊本市現代美術館(熊本)、湯殿山・注連寺(山形)、直島(岡山)、平塚市美術館(神奈川)、福岡市立美術館、湯布院空想の森美術館(大分)、森美術館(東京)、宮城県立美術館、梅野絵画記念館(長野)などがすぐ浮かぶが、まだまだ他にもあった気がする。
松永伍一(詩人)は木下作品について「ものを見るまなざしは、人それぞれ一様ではない。しかも、描かれた手の陰影は、どことなく自然ではない。彼の作品では細かい部分を過剰に描き込むという作為をとるがそう描くことでしか見えてこないように描きとめられる。それは、ものの見方について彼なりの偏りがなせる業(わざ)である。ひたすら人間の本質を見据え、その照り返しとして、いま生きている自分が同じく生きている他者との間の生命の紐帯を自覚し、そして地上からいずれは消えていく者との間に共時態=synchronieをつくり出したその証しを表現してきたのである」と書く。

自分にとっていちばん大事なことは、
その人間を知っていくということで、
絵を描くことではないと思っている。
その歩み

木下晋は1947年富山市生まれ。町田市在住。中学時代、木内克に塑像を学び、独学で油彩やクレヨン画を手がけ、16才の時、画家の麻生三郎、詩人の滝口修造に出会い、以降交流を深めた。1973年から洲之内徹の現代画廊などで個展を開き、1982年渡米から帰国後、鉛筆画を始める。ライフワークとなった「瞽女(ごぜ)」の小林ハル(故人、人間国宝)、流浪癖のあった母親、谷崎潤一郎の『痴人の愛』のモデル和嶋せい、海文堂ギャラリーでの初個展で出会った写真家・中山岩太夫人の中山正子、絵本「ハルばあちゃんの手」のモデルとなった川端さんご夫妻、そしてハンセン病元患者桜井哲夫さん。それぞれの72万時間を超える人生の日々を、10H~10B、22種類の鉛筆で、その時間と等価であることを願うがごとく、そして修行のような接触を重ねる。モデルが長い年月をかけて培ってきた年輪、皺の中に刻まれている人生、人間という不可思議な存在の心の闇の部分、生きざまという見えないものまで表現したいと迫ります。一呼吸の間に十数回も。刻むようにというのも違う、人肌を優しく撫でるように。漆黒ですら、無数の重ねること、その行為により深められていく。老いですら、皺ですら、崩れ爛れた皮膚ですら、怒りにより尖ることはない。その人の生に寄り添い、敬い、同化するまで何十万もの肌への触れ合いは、木下の内部を浄化し、祈りとして立ち上がる。絵を描くということを越えて、木下晋の目と、魂の修練の形を通じて私たちは「人」としての尊厳を知る。余りに希薄になってしまった「存在」を、見る人のうちに甦らすものがある。

木下晋の作品を、細部を緻密に描き込むことをもって、写実的なリアリズムを趣旨としているとは思わない。彼の作品の理解者、窪島誠一郎氏が《非リアリズム》と規定し、《表現主義的ともいえる画家のエゴイズムの滾り》と指摘したように、彼の作品は過剰な何ものかをメッセージとして発している。
島田誠
 

◆1月11日(土)15:00~ アーティストトーク「木下晋に聞く」
ゲスト:藤原良雄(藤原書店社長) 要予約・無料

会場:B1 un
会期:2020年1月8日(水)-1月22日(水)11:00-18:00
※最終日は16:00まで

チラシデータ(pdf)