ギャラリー島田40周年おめでとうございます。この記念すべき年に個展の機会(チャンス)をいただきありがとうございます。 僕もハンガリー国にハンガリ(半刈り)で行って40年になります。そして、この神戸で長い間、美術という不思議な世界に取り憑かれた年金作家ですが、このギャラリー島田・インフォメーションに、自称・蝙蝠人間が、どの作家に対しても、的確に、美意識とか、作家のことをよく理解し、うまく書いているのを読み、ほんまにここまで分かってんのかいな!と思う反面、立派というか、こんなうまい言葉で仕上げるのはたいしたものだと感心しています。そして、これだけ文化全般に、美術についても造詣が深いなら、自分で作品をつくれば良いのにといつも思います。友人の批評家に、それだけ現代美術について分かっているなら自分でつくり表現したらと言ったことがあります。つくるのと書くのはまったく違う世界だと言っていました。作れないから書いているのだと、なるほどと、変に納得しました。 40周年記念展では、今までのギャラリー島田の展示とは少し違うことに挑戦してみようと思っています。
榎 忠

榎忠はずっと憧れの存在だった。地球の皮膚を剥ぐ 5,000,000年の動脈(1990)薬莢(1992)GUILLOTINE SHEAR 1250〈ギロチン・シャー1250〉(1994)などずっと追いかけてきた。発信する現代美術 hyogo art week in tokyo(1997:新宿パークタワー)は私が手がけ、その男、榎忠(2006:KPOキリンプラザ大阪)は何度も足を運んだ。ギャラリー島田でみなさんをお迎えしているのは北野でOPENした時にGUILLOTINEシリーズでお願いして制作された「圧搾・PRESSURE・1995・1・17・5・46」である。憧れ尊敬し影響を受け、何度もプロポーズしても「無言」だった。ギャラリーを三つにしたのは、榎忠を迎える準備なのか。ともかく嬉しい。展覧会は作家も私たちも全力で準備をする。今回、ギャラリーで敢えて入場料をいただくのは、近年の藝術のインフレ的垂れ流しに対し、警鐘を鳴らす榎忠の社会的実験なのではないだろうか。 みなさまも鑑賞者という受け身の姿勢ではなく、共に場を創る当事者であって欲しい。
島田 誠


会場:全館
日時:6月9日 (土)〜7月2日(月)11:00-19:00
入場料300円(当日限り再入場可)
※最終日は19:00まで、金曜休廊

■6月9日(土)14:00 〜
オープニング 予約不要・無料(要入場券)
榎忠展開催を祝し、ささやかなパーティーを行ないます。どなた様も是非お越しください。

■6月16日(土) 15:00 〜
第343回 神戸塾 土曜サロン ギャラリーツアー 予約不要・無料(要入場券)
榎忠さんと各会場を巡回し、作品の解説をしていただきます。

■6月23日(土) 15:00 〜
第344回 神戸塾 土曜サロン トーク 榎忠 × 島田誠 要予約・無料(要入場券)
榎忠さんと島田誠によるクロストークを開催します。トークのみ要予約とさせていただきます。


異形と兵器
安い時もうけて高い時つぶれ——商売の浮き沈みに掛けて江戸川柳が詠むのは鎌倉幕府執権の北条氏。高時の時代の1333年に北条氏は滅んだが、泰時がもう儲けたとは?1232年にもう設けた御成敗式目である。その式目、第34条にこうある。「…次に道路の辻に於て女を捕ふる事、御家人に於ては百箇日の間出仕を止むべし。郎従以下に至つては、右大将家の御時の例に任せ、片方の鬢髮を剃り除くべきなり。ただし、法師の罪科に於ては、その時に当りて斟酌せらるべし」。この条文から強姦の罪を犯した武士には片方の髪を剃る刑罰があったことが分かる。片方を剃るといえば、榎忠が上から下まで全身の毛の片方だけを剃ったパフォーマンス《ハンガリー国へハンガリ(半刈り)で行く》ではないか!半刈りは遅くとも鎌倉時代にはあったのだ。そのビジュアルを探索すべく『絵巻物による日本常民生活絵引』などを捲ってみたが、残念ながら発見できなかった。それにしても、榎には空手家の大山倍達(眉毛の半刈り)やアメリカの殺人犯ジョン・リンレー・フレイジャー(髪、眉毛、髭の半刈り)といった半刈り兄弟たち(兵庫県立美術館の個展図録参照)に加え、先祖(髪の半刈り)がいたのは確かである。
鎌倉時代の人々には半刈りが異形に見えたからこそ、この刑罰だったのだろう(髪の霊力を削ぐ意図もあったかもしれない)。中世における異形の者たちといえば、網野善彦の著書『異形の王権』が想起される。鎌倉末〜南北朝においては異形の姿は下層の民から芸能の民、悪党、大名にまで及び、はては後醍醐天皇も異形であったことが明らかにされている。なにも天皇が半刈りになったわけではないけれど、自ら倒幕の祈祷をする天皇の前例のない法衣姿は異形と呼ぶにふさわしいという。つまり、異形には神聖な存在から外道の存在まであるのだ。これは歴史上のことだが、神話や説話においては聖なる異形も獣的な異形も、さらにはトリックスター・タイプの両義的な異形すらあることは山口昌男の書物などを紐解けば明らかである。常態を起点に据えた見方ゆえ、そのアンチには様々な他の属性が含まれうる。異形は、その表面の強度と、両義性あるいは多義性の内包を特徴とするのである。
ここで榎の芸術に立ち返ろう。彼の芸術の根幹にはパフォーマンスがあるのは間違いない(彼のモノたちも、彼に託されてパフォーマンスしているように見えないか)。髭面の女装ローズ・チュウも含め、彼のパフォーマンスの異形を、異形の者たちの中心にいた芸能の民のそれと繋げ、そのいわば精神上の系譜を捉える試みは魅力的だし、許されもしよう。しかし、より重要なのは、異形が両義的、多義的であるように、異形をひとつの特性としていた榎のパフォーマンス(および作品)にも一義的な意味に回収されない魔力があることだ。こうした特性は、たとえば、榎の兵器タイプの作品群、つまり、ガスを爆発させて弾を発射する大砲や、実物大の原子爆弾の模型、鋳物製の銃、実際の薬莢の塊などにおいても見受けられる。このタイプの制作に情熱を傾けてきた榎は、フィクションの中で自らの手を血で汚しているのだ。彼は戦争反対の立場がときに陥ってしまうこともある論理の硬直から自由である。むしろ、戦いや暴力の魅力に抗しがたく引かれ、片足をそこに浸けさえする。しかし、戦争と平和の両方に足を置くからこそ、その下には底なしの深遠が開かれているではないか。それに接する私たちの態度は、楽しみながら、戦くことである。
出原均(兵庫県立美術館学芸員)

 

私の店が開業して40年になるが、榎忠という人物に出会ったのもこの頃、良き昭和の時代であった。いつもほの暗い店はジャズが流れ紫煙がたちこめ、黙りこくった人々が音楽に耳を傾ける。奥の片隅はアナーキー達のアジト状態で映画人、画家、役者等が集い、その中に榎忠がいた。
店のドアが開いて客が入ってくる「いらっしゃいませ」と店員が迎え入れる。そのうしろで「こんな汚ない店によう来たな!」と榎忠が言う。しばらくして次の客が来る、又も「よう来てくれたな、こんな汚ない店に」。普通、客は警戒する、ところが警戒するどころか好奇心を持つ。
70年代前半の『半刈りでハンガリーへ』とか『ローズ・チュウ』、あのような過激な行動を投げかけながらも人を巻き込んでしまう。いつか言ってたが「出会うことにより新しい刺激がきっかけを作り、一緒に巻き込んでゆくのも僕のやり方だ、まして店は人と人の繋がりを提供してくれる場所なんだ」と。しかし勝手に店を「汚いよばわり」されてもと思うのだが。
さて、私のこれまで接してきた榎忠とは、まず人に暖かい。この暖かさだろうか、若者たちがいつもエノチュウを取り囲む。表層的なものより彼の内にある独特な本質的要素を人は敏感に嗅ぎ分けるのだろう。そして年を重ねても人間的な艶は相変わらず色褪せない、とてもエロチックな人だ。
小西武志(木馬(Mokuba)店主)

 

ぼくたちは子どもの頃、いろんなことをして遊んだ。できるだけ深く穴を掘ったり、木の枝で刀を作ったり、セルロイドを燃料に鉛筆キャップでロケットを飛ばしたりした。女の子の服を着たり、塀の上に空き缶や石を延々と並べたり、列車に釘を轢かせたりした。
たいていは見つからないようにやったが、おとなに見つかると、そんなことをして何になるのだ、何のためにそんなことをしているのだ、といわれた。子どもだから言い返すことができなかったが、今なら言える。面白そうだからそんなことをしていたのである。
やがて時が経ち、ぼくたちはあれこれのことで忙しいおとなになり「そんなこと」をしなくなった。だって、ずっとだれかといっしょにやっていたのに、いっしょにやってくれるやつがいなくなったから、などといいわけをしたりして。けれど、おとなになっても、ひとりきりでも、「そんなこと」をし続けるやつがいた。それが忠さんである。
「こんなことしたらオモロイんとちゃうか」その一心で忠さんはやっているとぼくは思う。だからぼくたちの心を撃つ。
岡田淳(児童文学作家)

 

榎忠さんを初めて知ったのは、2002年兵庫県立美術館の開館4弾展「未来予想図 〜私の人生☆劇場〜」の時でした。美術館の回廊に銃が整然と並び、その美しさにゾクッとしました。銃口が鑑賞する私たちに向けられているものもあり、いったい何を守ろうとしているのかしら・・・と疑問が湧きました。レセプションでお会いする機会がありましたので、思い切って伺いますと、お食事の手を止めて鋭い視線を投げかけられ(私はドキッ)「自分を守っている」とひとこと・・・今、現代美術家として表現することがいかに大変かを話されました。榎さんの熱い心に触れた思いがしました。以後、榎さんの作品を追いかけて、兵庫県美での大規模な個展はもちろん、豊田市美や高野山にも足を運びました。
数ある作品の中でも、金属部品を積み上げた<RPM-1200>は、旋盤工をされていた榎さんならではの作品ですね。展示空間によって表情や見え方が変わり、時には空間そのものも変えてしまう力を持っている凄い作品です。特に2015年9月高野山金剛峯寺での展示は忘れられません。晴れた秋の午後、自然光のうつろいの中で異次元の輝きを放っていました。
この6月榎忠さんは、ギャラリー島田の空間をどのように変えてしまうのでしょう。ワクワクドキドキがとまりません。
四方敦子(兵庫県立美術館 芸術の館友の会 顧問)