沢村澄子は異端な書家である。
それは書という表現の本質を問うことから自分の表現を「用意」から「率意」(=本質)へとストレートに向かうことと定める。
「用意」は「理解」を生む。しかし「率意」は「感動」を生む。
しかしこの二項対立を克服させたのが震災体験であったという。
「用意」を認めながらも、沢村は頑として言う。
芸術をする精神とは、爆発的、暴力的、破壊的エネルギーに満ち満ちたものでなければならない。
絶えず関係を壊し、秩序を変え、そこにエネルギーを生み出し、生命ほとばしる次なる新しいものを創ってゆく、
そのような、どこまでも力強く、果てしなく生産的なものであるべきはずだ。
沢村澄子「書の率意を考える」からの島田による引用である。今しがた読んだところだ。
私の直観がここに書かれていることがお分かりだろう。
島田誠

会場:B1F un・1F deux
会期:1月7日(日)〜 18日(木)open11:00-18:00
※最終日は16:00まで

◆ 1月7日(日)12:00〜
花士 珠寳さんによる献花 ー40周年と沢村澄子展の幕開けにー 予約不要 無料

◆ 1月14日(日)14:00〜
第333回日曜サロン 沢村澄子が語る『書よ、街へ出よう!』 聞き手:島田誠 予約不要 無料

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