多彩な顔ぶれの作家たちが、自らの故郷への想いや、幼少時代のエピソード、その土地が書き手としての自分に与えた影響などを語った、毎日新聞夕刊の連載企画 「帰りたい 私だけのふるさと」(2008年4月〜2012年6月、全205回)。 挿絵の担当として4年弱の連載を完走した、須飼秀和の軌跡を振り返ります。

京都造形芸術大学を出た須飼秀和の初個展は2004年12月のギャラリー島田でした。
彼の描く日本の原風景への眼差しに才能を確信しました。懐かしい風景を描くことは誰にでも出来る。しかし、須飼は風景を描きながら自分の心情を伝える、そしてともに生きる。その誠実さは並みはずれています。須飼の作品と出会った縁が新しい縁を繋ぎ、素晴らしい作品を積み上げてきました。
2008年頃までの『いつか見た蒼い空』の時代、それが2009年の明石市立文化博物館での「いつかみた蒼い空 須飼秀和展」へと繋がり、 同名の画集(シーズ・プランニング)が刊行されました。さらに、 2012年6月まで205回にわたって毎日新聞に連載された『帰りたい 私だけのふるさと』 から40点が選ばれ、岩波書店から画集として結実し刊行されました。
そして今また、新しい時代へと歩みを進めようとしています。その歩みは、蒼い空が象徴する懐かしくも美しい風景から、四季おりおり、照る日曇る日の人々の営みへと拡がっています。その底流にあるのは郷愁です。さらにそれらの枠をこえて、あるがままの自然に出会った感動を描きたいと心に期しています。それはイラストを超えて絵画の領域であり、そのとどまることのない、真摯な探求こそが須飼秀和を現在たらしめている源なのです。
今回の展覧会では、毎日新聞連載の全205点から約80点を選び、展示いたします。
また連載された全作家の故郷回想もお読みいただけます。

故郷を描く言葉は、消えることのない風景の鮮明な活写であると同時に、
彼方に漂う儚い幻想のようでもある (『私だけのふるさと』カバーのことばから)

島田誠

連載時には読者の方からお葉書をいただくこともありました。読者の感想を読むと、皆さんが私と同様に、作家さんの語る想い出や風景を自分のもののように感じていらっしゃること、「私だけのふるさと」がたくさんの方々の故郷に繋がっていることを強く実感しました。
連載開始から三年目の春、東日本大震災が起こりました。テレビであの惨状を目のあたりにした時、涙がこみあげてくるのを止められませんでした。 お世話になっている方のお父様も、仙台で被災されました。バスに乗り、やっとの思いでたどりついた故郷の惨状を見て……それでも「春の来ない冬はない」、という言葉を噛み締め、耐え忍ぶ決意をされたとのことです。そのお話を聞いたとき、僕の目に、十数年前にテレビで見た岡山県真庭市の醍醐桜が浮かんできました。山の頂に立つ、樹齢1000年という大きな山ザクラです。まだ冬の色が残る中、凛と立ち尽くし可憐な花をまとった醍醐桜は、まさに「春の来ない冬はない」という言葉を体現していると思いました。本書の表紙とした絵は、震災によってふるさとの土地が深く傷つけられ、それでも力強く生きている被害者の方々のために、画家として少しでも何かしたいという気持ちで桜に会いに行き、描いたものです。

須飼秀和による『私だけのふるさと』あとがきより

B1F&1Fdeux 3/22(土)— 4/2(水) 12:00—19:00
*火曜日は—18:00、最終日は—17:00