須飼秀和展

最近、旧いシンプルな色と、窓が並ぶ団地やアパートなどに目が惹かれます。 僕が生まれ育った場所にも大きな団地があり、駅を利用する時などは近くを通るので、それは小さいころから見慣れた風景です。又、綺麗な桜やイチョウ並木があり、その季節になると、よく父と車で通りました。三月から上京し、都会の真新しいマンションの敷地内で遊ぶ子供たちを見ながら、郷愁の風景は人がそこで暮らす限り、街並みが新しく変わっても、あり続けて行くのだと思いました。

須飼秀和

須飼の作品(例えば「川遊び」「岩座神の棚田」)を見ると、大好きだった立原道造の「のちのおもひに」を思い浮かべる。

夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に/ 水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない/ しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた ――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた(略)

夢は そのさきには もうゆかない、という後段の詠唱も抒情詩の極みである。
若き日はこの詩を諳(そら)んじていた。
須飼の描く郷愁は、勿論、70年の時代を隔てているので道造とは違う。しかし、須飼は画題として郷愁を選ぶのではなく、自分の内なるものと響きあうトポスを描く。「帰りたい」という連載で場所も時も指定されていても、トポスとの共振を崩さない。毎週の課題に作品で答えるという大変な修練に見事に応え、広さと奥行きを兼ね備えた「山形のあき」や「月明かりの夜」などの作品を生み出す作家として大きく成長している。二つのギャラリーを使っての大きな個展としました。是非、お運び下さい。

2004年の初個展からまだ6年、4回目の個展に過ぎないが、須飼の活動と作品の充実ぶりには驚く。 昨夏は明石市立文博物館での大個展を成功裡に終え、毎日新聞夕刊、毎週木曜日「帰りたい」挿絵も3年目に入った。雑誌の仕事をはじめ、ひっぱりだこの状態である。内容的にも、丁寧な取材と緻密な構成に加えて、力量の蓄積が人物や、夜景など情景を豊かにし、緊張感のある大画面を可能した。過ぎた時を呼び戻すことは出来ないが、須飼の言葉のない心の歌によって記憶の中にあの日あの時が蘇る。

島田 誠

◆1F・B1F deuxにて 12:00~19:00
※火曜日は~18:00、最終日は~17:00まで。

■会場の様子[-1F-] ※画像をクリックすると拡大して表示されます。

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