2019.7「蝶々の挨拶」

4時頃に起き、朝まだきから神戸を一望し、眠る街、目覚める街、春夏秋冬に位置を変える昇陽を見ている。
隠棲を気取っているのではない。新聞や本を読んだり、考えごとをしたり、体を動かしたり。
リビング、ダイニングは3階にあり、東西南北、天井に至るまでガラスに囲まれ、大きな西の窓から北野天満宮に迫る再度山の豊かな森が折々に彩を変え美しい。
しばらく目を遊ばせ「いただきます」と手を合わせる。朝食と弁当づくりは気分転換に楽しんでいる。
深緑の森に蝶々が忙しく飛び交っている。その軽やかさのうちに見える不思議な強靭さ。「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」(安西冬衛)を思う。声は聞こえねど忙し気な知らぬ小鳥たち。
このことを書いた翌朝、なんと、窓の近くまで蝶々がヒラヒラ。 

臍のひと回り
ある会に呼ばれて対談した。地元紙の元論説委員のI氏が「それにしても行政から聞こえてくる評判は悪かった」と感に堪えたように。それはその通りだ。単に批判するだけでなく書いて公に問い詰めてもきた。
臍が曲がって、背中にきて、一回りして元に戻ったようだ。いまはごく普通の人として見えるかもしれない。
しかし、私は抗って一回りすることによって現実を知り人を知るために大切なことを学んだ。 

アンドロイドとして
ずっと訝ってきた“何かに導かれている”と。1989年7月。脳の手術を受け、集中治療室で蘇生した感覚。
いまにして思えば、その時、何か不思議な受信装置を脳内に埋め込まれた気がする。多くのことがこの日から起こり始めた。
信仰でもなく経営でもなく名声でもなく、あるがままに、なにかが命ずるかそけきものに耳を澄ませる。
聴覚の障害はそのことを伝えているのだ。