「東北へ行ってきました」
4月17日の夜行バスで仙台へ入り20日まで文化関係者とミーティングを重ね、二日間にわたり北は七ヶ浜町、南は福島県境の山元町までつぶさに案内してもらった。沿岸部から仙台東部高速道までの地帯は津波により破壊しつくされ、とりわけ福島県境に近い地帯は瓦礫の撤去も放置されたままで、おりしも霙(みぞれ)交じりの雨の中、破壊された堤防に土嚢が積まれ、道沿いのガードレールは吹き飛び少し離れた家に帯のように巻きつきその横の工場建屋は飴細工のように曲がった骨格だけを残して瓦礫だらけの地にうなだれていた。遥か沖に見える横一列の白波が津波の再訪のようにも見え、海沿いに見事に咲き誇る桜木は「鳥の海」という明媚な名前に相応しいが暗鬱な低い空のもとの黙示録的風景には足が竦(すく)んだ。東北は残された者と失った者とに引き裂かれています。昨年9月頃から「災害対策全書」(兵庫21世紀創造推進機構)に寄稿を求められ「芸術文化による復興支援策」を纏めた時には、勿論、予想もしなかった。有効であると信じて書いたからには、行動せねばならない。許可を得て、広報したら大きな反響があった。立ち上げたばかりの公益財団法人「神戸文化支援基金」を通じての支援を決め、4月5日にアート関係者の集まりをもち、仙台入りした報告会を5月3日にもちいずれも50人を超える参加があった。
アート・エイド・神戸(1995~2002)での経験を東北で生かす文化支援のカウンター・パートを探すこと。それは仕組みや事業のことではなく、考え方のこと。
「東北のことは東北の皆さんが決める」
亡くなられた方、行方不明の方合わせて2万5千人。途方もない数です。その親類縁者は10万人を下らず、知人友人を亡くした方まで数えれば気が遠くなります。哀しみが堆積してゆく。
わが美しき故郷よ・・・・
がまんつよく、しんぼうつよく・・・
恥ずかしがりやで
決して自分のことを多くは語らぬ人々よ
かならずひとのことを心配し、なぐさめを口にする人々よ
横山美由紀(シンガーソングライター・気仙沼)さんの詩の一節です。
被災地・被災された皆さんが文化の力で立ち上がってゆく。その旗をあげて下さい。そのことにお金でも知恵でもプロジェクトでも応援しますと心を込めてお伝えしました。すでに多くの文化支援活動が始まっています。私がやろうとしていることは屋上屋を重ねることにはならないのか、「支援の押し付け」「神戸方式の押し売り」あるいは単に「目立ちたがり」ではないのかと、とられかねない振る舞いです。他の支援とどこが違うのでしょう。
① 国や行政による震災復興基金による助成は長期にわたり制度的なもので人体になぞらえれば「骨格」。企業メセナ協議会ルートによるものは企業からの寄付でプログラム助成で「筋肉」、アートNPOリンクによるエイドはアーティストとその活動によるもので「動脈」にあたります。私の提唱する「アート・エイド・東北」(仮称)は緊急・短期のもので、多くの無名の市民や組織化されていないアーティストによる、現地のニーズに合わせてメリハリをつけて即断即決型で毛細血管に例えることが出来ます。
皆さんが文化の力で立ち上がってゆく姿が大切です
お会いしたキーパーソンの人々から「勇気」をもらったと言葉をいただきました。
ほどなくして「アーツエイド東北」(仮称)の準備が始まったことから考えて、その言葉をうれしく捕らえても間違いではないと思います。「アーツエイド東北」という「旗」が上がろうとしています。
旗」の語源は
旗のもとに人々が集い、歩くことだという。
ならば、まず旗をあげて出行する
旗のもとに集まる人々の声を聴く
途上にある者たちに地図を描く
新井敏記「SWITCH」編集長
県立美術館の「カンディンスキー展」のオープニングに行ったあとアトリエQ2での新井さんの写真展の最終日だったので足を伸ばした時、展示された写真の間に、新井敏記さん愛用の万年筆の文字で書かれたこの言葉に天啓のように出会いメモを取った。そこにおられた本人に聞くと白川静さんの言葉(最初の2行)を受け取っての新井さんの言葉だという。 「アート・エイド・東北」の思いがここに凝縮されている。兵庫・神戸からだけでない支援の流れが必ず出来ることを確信しています。
分かち合う心で
東北の皆さんこそ愛する美しい故郷のために出来るだけのことをしたいと、切に思っている。でも、アート関係者の皆さんも被災者であり、活動が出来ず、職や収入を失っている。 そこへ財政的な支援を届け、そのニーズに応えて行きたいと思っています。
自分がこの問題に「自分の気持ち」を納得させるためだけに
向き合おうとしていることに気づかされました。
後方支援するにしても、現地に行くにしても、向き合うべきは被災者の痛みです。
賀川督明(賀川記念館 会報「ボランティア Vol94」より)
何事も解決できない事態を目の当たりにしながら、ありきたりの言葉は発せられない。
もどかしさを胸に抱えて、自問することが「分かち合う」ということだと思います。
大切なことが生まれるには孵化と揺籃の時を持たねばなりません。今はその時です。