2009.12 「Du bist die Ruh, Du bist der Frieden」

「Du bist die Ruh, Du bist der Frieden」
あなたは休息であり、あなたは喜びである

 孤独な朝を慰めるのは、だんだん空に明るさがまし、天空にひろがる雲の姿が、刻々と変わる様。それを飽かず眺めている。やがて、まだ姿をみせぬ陽が、雲の端を時に茜に、貝紫に染め、天空も暗色に薄い青がさし、日によって灰色がかった藍鼠、水色、群青と表情を変える。やがて陽が姿を現し、雲も千変万化の様相を見せる。北野に越して、1年が経った。季節によって陽が顔を出す位置も、少しずつ変わる。概ね上機嫌で緋色の丸顔が刻々と全容をみせ、私を朱に染め上げるが、気がつくと薄雲の向こうに鍍金(めっき)された銀盤のように見えたりする。手前に大きく見える木々が揺れ、緑が時に煌き、時に暗鬱にうねる。昔は、朝には必ず音楽が流れていた。いまは、新聞を読んだり、簡単な朝食を採りながら、無音のうちに眼差しを遠くに遊ばせることが多くなった。孤独と向かいあい、沈黙にあることは悲哀に包まれることではない。この街を見下ろしながら、この「陽」、この「雲」、この「時間」に、ここに「在る」こと、「人」と共に確かな絆で結ばれていることへの感謝も静かに、ひたひたと心を満たす。孤独は空虚ではない。疎外感でもない。自分が何者であるのか、何をしようとしているのか、どんな状況にあるのかを、教えてくれる友なのです。ただ、孤独や沈黙と測りあう自分であることの確信が持てなかったがゆえに、恐れてきた気がします。遠く大阪の金剛山系の釈迦岳、生駒山、葛城山。そこから和歌山にむけて和泉山脈の三国山、葛城山がなだらかに連なって見えます。昨日から急に冷え込んで、きりりとした気配に満ち、連山の上に津高和一の作品のような雲があったのですが、家事に気をとられている間に、陽が昇り、対岸が靄の中に消えてしまった。書斎に戻り、文を書き始めると、ゆっくりと向かいあえなかった音楽が、とても新鮮に、乾いた心と体に水が沁み込むように聴こえるのが不思議だ。

シューマンがリュッケルトの詩によったWidmung(献呈)がDu bist die Ruh, Du bist der Frieden (※)と耳元で囁いている。
夏の熱気が秋気と斑に日を染めはじめると共に、私の執筆への意欲も沈静し、思いが情景や音や読書へと浸っていくことにゆったりと委ねているのです。

文を書くということ

偉そうに執筆に夢中だと、夏のころに言っていた。事実、旅行にもPCを携えて、熱心に書いてきた。まるで文士気取りだった。 執筆といっても、画家の評伝・評論みたいなもので、調べたり、聞き取りをしてりするので、面白いし、やりがいもあるが、なかなか進まない。そのうち、別の原稿依頼がきて、それに気をとられ、後藤正治さんの「奇蹟の画家」の原稿を読ませていただいているあいだに、自信も喪失し、出版社から「ゆっくりやりましょう」と声をかけられ、一挙に、執筆意欲が沈静してしまった。 急いでも碌なことはない。熟成する時を待って、ぽとりと落ちればうれしい。この一年間に私が関わった本を下記に纏めてみた。それなりに全力で書いたものだ。ギャラリー島田に置いているので、手にとって欲しいと思います。

書名ー島田の文ー版元ー定価で記載

◆画集「神戸百景 川西英が愛した風景」-「神戸百景」の時代と縁(えにし)-シーズプランニング 2200円
…待望の「神戸百景」が普及版として復刻された。大変好評です。

◆石井一男画集 「絵の家」 ふたたび絵の家へ ギャラリー島田 3000円
…17年前の初個展に約束した画集がようやく出来ました。記念展はどれもが大成功。画集としても異例の売れ行きでした。

◆石井一男画集2「絵の家のほとりから」 光と水脈 ギャラリー島田 3000円
…石井さんの第2画集です。より豊かなイメージの広がりを感じさせる、いい画集になりました。

◆高野卯港スケッチ展 帽子をかぶった卯港さん 風来舎 2000円
…昨年10月2日に亡くなった卯港さん。生前に出してあげたかった。2010年3月に画集を出します。

◆須飼秀和 画集 「いつか見た蒼い空」 時代に遅れてきた青年 シーズプランニング 1700円
…明石市立美術博物館での須飼さんの個展は大成功でした。これからブレークする作家ですね。これはそのカタログです。

◆武内ヒロクニ「しあわせ食堂」 ガジュマルの妖怪 画家「武内ヒロクニ」 光人社 1800円
…新聞連載から50作品。ともかく涙と笑いと感動と。ヒロクニさんは凄い。ぼくは「まえがき」も書いています。

◆画集「中島由夫」 北欧の太陽の画家(仮題) 明石市立美術博物館 未定
…2010年1月4日からの個展カタログです。中島由夫さんの関係本が同時に3冊刊行されるとは驚きです。

まだまだ、出版の可能性がある作家がいらっしゃいますし、後藤さんの「奇蹟の画家」など、ほんとにうれしいことです。