「30年を振り返って」
朝の5時です。まだ外は真っ暗ですが、大阪湾を囲む灯りや船の灯火、高層ビルの点滅する赤い灯が見えます。寝静まった街の空がゆっくりと明るくなりチリアンパープル(貝紫)を刷いたり、雲の端を茜に染めたり、ちぎれ雲、鱗雲、高層雲が山脈のように見えたりします。西を眺めれば朽葉や紅黄などに色づきはじめた山が陰影となって迫っています。やがて陽が真正面に昇り鳥が群れを鳴き交わしながら上に下に旋回し、時には雲間からヤコブの梯子(天使の梯子)が出現し陽光が湾を煌かせ「神よ恩(めぐみ)を与えたまえ神戸に」という賀川豊彦の心を思いだしたりします。
今、ここにいる幸せと、忍び寄る心のざわめきを静かに受け止める時間です。
今年は、余りにも多くの事が身辺を賑わしました。
8月頃まで家人の癌との厳しい闘いに追われた。その後、治療薬を変えて持ち前の気力・生命力で危機を突破したように見えます。すべては見えざるものの導きと、人々の支えによるものだと感じます。
30周年を振り返れば、どれも作家の皆さんが思いを込めて準備をして下さったことに気づきます。
この一年間で記憶に残る主なことを上げてみると
ギャラリー島田「30年目の透視図」の刊行
30周年を全力で飾っていただいた作家の皆様の作品の数々
シスメックステクノパーク 彫刻庭園での野外彫刻11点の設置
山内雅夫 仁川学院モニュメント「宇宙軸」の完成 「POSITION」刊行 個展
石井一男 文藝春秋臨時増刊号での特集(ノンフィクション作家後藤正治)
石井一男 画集「絵の家」刊行 刊行記念展(神戸・大阪・東京)
須飼秀和 明石市立文化博物館での展覧会の決定
中島由夫 明石市制90周年記念関連で明石市立文化博物館での展覧会の決定
川西 英「神戸百景」刊行協力と執筆
「神戸文化支援基金」の設立準備と5百万円の積み立て
などになるでしょうか。
さて、これからは何処へ行くのでしょうか。
騒然とした世界が暗転しています。美術を購うことは大変に厳しい時代でしょうし、そもそも私たちの仕事は経営というものではなく、しきりに何かにつき動かされて“ある”という気がするのです。そのマグマは厳しい時代を更に氷河へ向かって歩き出すようなもので、たじろぐ気持ちと向かい合っています。
高野卯港さんの追悼展と「デッサン帳」の出版。卯港さんが残した文章を読んでいます。
ある出版社から「本」を書かないかと宿題を頂いています。石井一男さんに象徴される『無名でマイナーな作家だが、どこにも属さず、栄誉を求めず、しかし純粋に絵と向かい合う作家たち』について、今の時代だからこそ「幸福とはなにか」を問いかけるように「本」を書かないかと。卯港さんをはじめ、彼らが生きてきた証となるならば書かねばならないでしょう。後藤正治さんが来年秋には石井さんを主題にノンフィクション作品を講談社から出版されることが決まっています。私は1年では無理なので2010年を目指します。こうした作家に光が当たることによって困難な道を歩む人を励まし、芸術の名の下に安逸を求める人に刺をさせればと夢想しています。