2000.11「蝙蝠北野を飛ぶ」

 北野にきて、一ヶ月が経とうとしています。環境が全く変わり、まだリズムが掴めません。でも海文堂では、ギャラリーは閉鎖空間で、中にいれば、雨も、風も、光もほとんど感じることがありませんが、ここでは、絶えず、自然を感じ、光を感じ、時間の移り変わりを感じています。ぼくのささくれだった神経を、いつもなだめてくれます。
今までは、小さな書斎の窓からみえる、朝、暗闇から、だんだんと空が明るくなっていくのを眺めながら真理子(女のことではありません。ぼくの古いパソコンに嫉妬した家人がつけた名前です)に向うのが、唯一のぼくの自然との関わりでした。そんな些細なことにも世界の広がりを感じ自分の選択をほめたくなるのです。
疾風怒濤の日が続いています。26年間の仕事に決着をつけ、新しい仕事を始めるのに、こんなにもエネルギーがいるとは想像もできませんでした。
ながい人生を生きてきてこんな形での体験をするとはね。人の心の温かさと冷たさ。表面からはうかがいしれない人間性の機微。人間認識に限りがないことを実感しました。それは私自身の未熟さを含めてのことです。こんなにぼくの感情が揺れるとは、新しい発見でした。
新しいスタートを、こうありたいと言うイメージを追及するあまり、大きく構えすぎています。そして自分を苦しめているんですね。
でも、三日間のオープニングは、雨にたたられた日も含めて、沢山の人が集まって船出を祝って下さいました。呼びかけ人を引き受けていただいた諸先輩、ゲストで演奏や、ダンスやパフォーマンスを演じてくれた友人たち。そして、忙しい中、駆けつけていただいた皆さん。その思いを受け止めて、励まされて、ようやくスタートできました。
ありがとうございます。
私を励ます会をやってやろうというお誘いをお断りしてのパーティーでした。お一人、お一人にお礼をいうべきですが、日記上でのお礼をお許し下さい。

藤崎さんの展覧会からのスタートです。この大きな空間で作品と対峙することをずっと夢見てきました。実際にはじまるまでには、じつにスリリングな体験をしました。でも作品が飾られ、一点一点をじっと見入ると改めて、藤崎さんの凄さを思い知らされています。この絵を一人占めにして、誰もいない夜の画廊でマーラーの「大地の歌」を大きく鳴らしながら一人でしみじみとお酒を飲みたい。展覧会の二日目の今日は、まだ実現していないけど、必ずやります。大雨に祟られてのスタートでした。でもそのお陰でゆっくりとお客様とも藤崎さんとも話ができてよかったです。当然のこととして作品は作家の分身ですから、作家をよく知りたいと思うのは当然です。しかし、藤崎さんの場合は謎めいて、なかなか自身を明かしません。それも当然です。作品が全てというわけですから。でも、私の顔を描いてやろうということになり、一気にカンバスに向かう時の気迫に圧倒され、またその技法の秘密も垣間見させてもらいました。氏はほとんど人間しか描かないといってもいいのですが、溢れるほどの才能と、人間洞察の深化によって、一段と突き抜けた境地に到達したときに、凄い作家になるという予感がします。

 友あり、遠方より来る。何よりの喜びです。まったくのところ、不安一杯の旅立ちを励ましてくれる暖かい、多くの知人の存在がなければ、挫けてしまうような局面が幾度とありました。自分の脆さに気付き愕然とする思いでした。