Gallery SHIMADA メールマガジン 1027号

□■□2014年10月
Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE
  Info―1027号
          (続)横浜トリエンナーレへ行ってきました。
          
1 蝙蝠日記  壮大な叙事詩のように
2 旅の友   「天人」 深代惇郎と新聞の時代
2 今日の言葉 人間と関係あるものなら、私に関係しないものはない

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蝙蝠日記  覚醒したものとしての生を選び取る
遅く帰宅して、朝、ばたばたと中途半端な横浜トリエンナーレ報告を書いてしまいました。
遊免さん、森下さん、呼び捨てになっていて失礼しました。
名前を挙げた林寿美さんから応答があったのには驚きました。まさか読んでおられると
思わなかったので。その中で「森村さんの強靭な信念・コンセプトと公平な視点が隅々ま
で反映された展覧会」という言葉がありましたが、それがズシンときました。

イヤホン・ガイドは良し悪しですが、ここでは森村さん自身の声で語ってくれるので使わ
れたらいいですよ。
全体の構成は壮大な叙事詩のようになっていて「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の
海がある」とあり叙事詩の編・著者が森村泰昌さんというわけです。選ばれた詩(作品)
にはまた広大な作者の世界が拡がっていて、「旅人はこの忘却の海へと漂流する。それぞ
れの到達点を探し出す」。優れた文学作品がそうであるように、「横トリ」を見た私たち
も現実世界へ戻りながらも、覚醒したものとしての生を選び取ることを促されるのです。

「序章と11の挿話」の序章は、入り口で迎えてくれる巨大な「芸術のためのゴミ箱」(マ
イケル・ランディ)。失敗をポイとゴミ箱へ、そして忘却。
順次たどる時間もないので、どんどん行きますが、
1、沈黙とささやきに耳を傾ける、「沈黙の絵画」のマレーヴィチのしかも白黒の小さ
な素描、その次には有名な「なにも奏でない音楽」ジョン・ケージ<4分33秒)の
なにも書かれていない楽譜。まさにエスプリの効いたイントロダクションでした。
そこから11話まで、必ずしも現代現存作家に関り無く選ばれた意味を豊かに含有した
作品たちは読み解く楽しみがあります。
フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品は床に置かれたシンプルでカラフルなオブ
ジェにしか見えませんが、実は印刷された紙が積み上げられているのですが、この作品
(紙)はお持ち帰り自由。私は2作品を巻いて、大切に神戸まで持って帰ってきました。
2、漂流する教室に出会う
「忘却の街」として前号で紹介した大阪・釜ヶ崎で実践されている芸術大学。ここで学び、
書き、描き、演じ、歌う。噓や虚飾が無く、むき出しの自分が投げ出されている。
これこそが芸術だ!!と岡本太郎のように叫んでいる。このKama Geiの学長(?)が
上田假奈代さん。漂流難民の居場所が最も創造的であるという逆説。来年1月11日に
神戸にお招きしています。

「華氏451」はブラッドリのSF小説。本を燃やしつくし世界戦争へ突入し、人類は滅
び去る。中央に階段をあがる祭壇のような設えがあり「世界でたった一冊の本」がある。全ての頁は『忘却』を主題にした多作家の作品が収録され、会期終了後「消滅パフォー マンス」により廃棄され「忘却の海」に消えていく。
ひとりずつ祭壇で祈りを捧げるように頁をくるので、たくさんの人が並んでいて、私
は断念しました。

第4話は「たった独りで世界と格闘する重労働」では福岡道雄の「飛ばねばよかった」と
毛利悠子の会場のほこりを感知して自動楽器が発す音に惹かれた。
本展の森村さんこそが、この言葉を噛み締めているのではないか。
第6話は「おそるべき子どもたちの独り芝居」
ジョセフ・コーネルはBox Artで知られるが最初期の作品と映像作品。
「閑話休題」
今、ギャラリーで開催中の市英昭さんも、たった一人で格闘するBox Artist。
林寿美さんにはデバラ・ソロモン「ジョセフ・コーネル 箱の中のユートピア」(白水社
500P)という大部の翻訳出版に関られた。

第5話は「Still Moving」
部屋へはいるとなにやら法廷のよう。巨人が坐るような赤い椅子が並ぶ。裁判長の席には
大きなハンマーが時折、判決を言い渡すように振り下ろされドスンと響く。私は原告?被告?裏側に回ればテニスコート。いはば安逸な日常。しかしネットはなく相手も見えず、 自分の阿呆面が鏡に映り込むだけ。開けられたテニスボールほどの穴を覗き込めば赤い被告席がみえる。手錠を架けられ気分で隣に移ると監獄の中にいる自分を見る。 ◆
「横トリ」新港ピアのカフェでのこと。
私と林さん、鈴木さんが話しをしている隣のテーブルの二組のカップルの口
から度々「エノチュー(榎忠)さん」という言葉が聞こえました。気がつけばい
なくなっていました。
続きは次回としましょう。今日の私のたった独りで格闘する重労働は終わります。
■■
愛知も横浜も渾身の創造的表現です。私たちは単なる鑑賞者に留まることは許されません。
受け止め、問いかけ、新しく踏み出すことを促されます。
その人の存在の在り方、立ち位置の変更、私達のまなざす力を持つことが、また人に
伝わり、人を促し、舵を変え、社会を動かしていく力となっていくのでしょう。
それこそがアートの力であり役割であり、関る私たちの使命なのだと思います。
集客や経済効果、アメニティーを超えたところにこそ大切な根があり、根は木となり、
林となり、森となり地球を人類を救う可能性があるのです。

「神戸ビエンナーレ」もその原点を押さえての次回であって欲しいと思います。
因みに「神戸ビエンナーレ」の次回のテーマはスキ[su:ki]だそうです。
神戸は無料ゾーンが中心で369000人が参加と公表されていますが有料入場者は
10%ほどの38000人ほどのようです。
報告書(30P)は下記で読めます。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2014/04/img/2013houkoku.pdf ちなみに愛知トリエンナーレの詳細な報告書(141P)は下記で読めます。
https://aichitriennale.jp/2013/item/260326report.pdf
予算規模も違いますし、単純比較は出来ませんがいろいろ考えさせられます。
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旅の友は後藤正治さんの「天人 深代惇郎と新聞の時代(講談社)でした。
「天人」はもちろん天声人語のことであるとともに「天が遣わした人」とも読める。
誰もが認め、その才能を愛したことにおいて、ふとモーツアルトを連想した。
深代惇郎は急性骨髄性白血病で亡くなった。46才という若さでした。
そのころを書く後藤さんの筆が、T細胞白血病、悪性リンパ腫で最後を看取った高野卯港さんの姿とも重なり、深代を愛した皆さんの会話に胸を衝かれました。 ■■今日の言葉
ローマ時代の詩人の言葉に「私は人間であり、人間と関係あるものなら、私に関係しない
ものはない」というものがある。深代惇郎についても同じことがいえる。彼は人間の現象
に限りない関心をしめし、計りがたい愛情をいだいて書き続けた。『天声人語』は立派な
文学であり、彼の記念碑である。
ドナルド・キーンが「深代惇郎の天声人語」の帯に寄せた文。
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