2016年9月 Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE   Info―1259号    10月10日

                                                                                                      □■□2016年9月 Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE
  Info―1259号    10月10日
     
 BATMAN対SPIDERMAN  
 
1 蝙蝠日記   蝙蝠対蜘蛛の対決
2 展覧会案内  上村亮太さんからのメッセージ
3 今日の言葉  人生がよい一日でありますように

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蝙蝠日記  お前は蝙蝠なのか、はたまた蜘蛛なのか

画廊通信9月号の蝙蝠日記のタイトルは「やめときなはれの大合唱」でした。
http://gallery-shimada.com/koumori/?p=540
しかし、本当に言いたいことは、その後の「託されて」でした。
そこをお読みください。
「蝙蝠」は何処にも属さないという象徴でもありますが、メルマガの前号を読まれた方から
早速、紙礫(かみつぶて)が飛んできました。
「本当は蝙蝠BATMANではなく蜘蛛男SPIDERMANではないの?」
 私の口から発せられる粘着性のある糸にみんながからめとられる、そんな図が浮かぶという
のです。
 この指摘には笑ってしまいますが、私は他人にお願いすることが苦手というか嫌なのです。
でも、そんなことでよくここまで生き延びたものです。

■■ 展覧会案内  上村亮太さんからのメッセージ
1986年、初めての個展を自宅の「第二わかば荘」で行いました。「第二わかば荘」は、西武国分
寺戦の小川駅から徒歩15分ほどの所にある、ほぼ崩れかけた木造アパートでしたが、その後、
6回ほどの展覧会をここで行うことになります。
その頃の僕の制作はというと、もっぱら、大きな画面にテンペラや油彩で抽象絵画を描く事で
した。風景をスケッチして様々なイメージを作り画面を構成していました。
第二わかば荘の近くには畑が広がっていて、トウモロコシやキャベツが実っていたり、玉川上
水や野火止用水の林など、武蔵野特有の自然があふれていて、スケッチするロケーションには
事欠かなかったのです。
当初は多彩な色彩を使っていましたが、少しずつ、過剰な部分を削ぎ落し、シンプルなモノ
クロだけの画面に変化していきました。やがて、もう、風景をスケッチする事はなくなり、
ゼロから自分なりのイメージを作り出すようになりました。その時の、画面を作る手だてと
なったのは、絵を描く際の自分の身体の動きのクセでした。それは、「Recollection」というド
ローイングシリーズの制作に繋がっていきます。

神戸に帰って来てからも抽象絵画の制作をしていました。「Recollection」シリーズは、自分の
身体の動きのクセを集約する形になり、さらに大画面になっていきます。ギャラリーポルティ
コにおける、3m×50mの「Drawing Series “Recollection.”の展示で、そのコンセプトはさらに 明解になりましたが、さらなる可能性をもとめて、モノクロだけだった画面に積極的に色彩を
使うようになりました。原色の色面と、身体の動きが一体化して、新しい画面を作っていく事
を考えていました。

やがて、神戸に震災がおこります。震災は神戸の街の形を変え、いろいろな人の人生を変えた
ように思いますが、僕の制作は、震災の前と、その後しばらくの期間とを比べても、それほど
変わってはいませんでした。というか、意識的に変えないようにしていたのかも知れません。
でも、今までにも増して、よりたくさんの制作をするようにしましたし、毎日、かなりの枚数
の絵を描きましたが、結局、その事により、自分の絵の幅がひろがり、変化し、いろいろな事
に心が開いていったようにも思います。
また、この頃から、裏山の六甲山に頻繁に登るようになりました。何かに憑かれたように山の
中を歩き回っているうちに、山の瑞々しい空気や、美しい景色に触れて、その山の風景をスケ
ッチするようになりました。それが「Fire Protect Line」のシリーズを制作していく契機とな
りました。
山の中には、土木工事や林業のために索道のような物が作られていることがあります。その地
帯は樹木が伐採され、空地が帯状に続いているようになっているのですが、その真空地帯のよ
うな空間は、武蔵野にあった野火止用水を想起しました。山火事を防ぐために作られた緩衝地
帯のようなもの。その境界線を表現しようとしたのが「 Forest Fire Protect Line」のシリーズ
です。
これは、後に、フェンスを描く連作の始まりでもありました。また、山には、いろいろな目印
の標木があるのですが、それを描いた「 Rang Pole」シリーズも、同時期に描いています。

その後、一時期、人工島のポートアイランドに住む事になります。ある日、公園を散歩してい
る時に、偶然、ガーデニングフェアーに出会いました。その頃、僕自身はガーデニングには
興味がなかったのですが、何気なく、散歩のついでに見てまわる事にしたのです。会場の中を
ブラブラして、もう、そろそろ帰ろうかなと思った時、目の前に、鉢植えの、枯れかけた花が
大量に放置されているのを見つけました。そのあたり一面、空気がくすんでいるような、ほん
とに不思議な空間になっていました。その花はクリスマスローズでした。花は枯れて、白い花
はくすんだ茶色に、赤い花はくすんだ紫色に変色し、葉は灰色に近い深緑色です。でも、こん
なにきれいな花を見たのは初めてでした。
それから、繰り返し、このガーデニングフェアーに通い、クリスマスローズの絵をたくさん描
く事になり、僕の絵は、さらに変化していく事になります。

今回の「上村亮太の世界 No.1」は、ちょうど、この頃。「Forest Fire protect Line」シリー
ズや、その前後に描いた作品を紹介しています。
この頃の作品も、ほとんど廃棄処分してしまっているので、残っている作品はごく僅かなの
ですが、そのうちの20数点を展示しています。

この後、湊を行き交う船を描いているうちに、動いているものを描くにはどうすればいいのか、
という事を考え始め、それは、はためく旗を描く「 Flag 」シリーズに繋がっていくのです
が、それ以降の作品は、次回の「上村亮太の世界 No.2」で紹介させていただく予定です。
■■今日の言葉
One day

昔ずっと昔ずっとずっと昔
朝早く一人静かに起きて
本をひらく人がいた頃
その一人のために
太陽はのぼってきて
世界を明るくしたのだ
茜さす昼までじっと
紙の上の文字を辿って
変わらぬ千年の悲しみを知る
昔とは今のことである
窓を開け、空の色を知るにも
必要なのは、詩だ。
一日のおまけ付きの永遠
永遠のおまけである
一日のための本
人生がよい一日でありますように
長田弘全詩集から

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