Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE   Info―1161号

□■□2015年11月
Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE
  Info―1161号
        
          神戸ビエンナーレNo6
             最終回
1 蝙蝠日記  神戸ビエンナーレに思う No6
2 神戸ビエンナーレに思う No6
3 今日の言葉  何物にも従属しない個々の生命のリアリズム
 

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蝙蝠日記  重ね重ねのご無礼ですが
お許し下さい

神戸ビエンナーレ  No6
ここらで終りにしましょう。
公表される発言やデータに信頼性が足りないことは何度も指摘しました。市や、県が主催
しているビッグプロジェクトとはおもえません。
連携・協賛事業を数多く上げ、第1回はそこだけで160万人、メリケンパーク会場14万、うち有料ゾーン8,5万と書き、第4回は37万、うち有料ゾーンは3,7万人で成功と書く。今回は何人がどのようにカウントされるのでしょうか。各回、やりかたが違うので単純に 比較できませんが、それぞれが自讃に終わってはいけません。すでに指摘したようにした
事業には統一性も基準もなく、旗かポスターがあれば関連というところが多いのです。
反論があれば各回のカウントの根拠をしめして下さい。
■2013年検証結果から
神戸ビエンナーレ2013 企画委員会検証報告書 から
神戸市のHPに公開されているものからです。
・ 理念・目的がわかりにくい。何をやっているのか内容がわからない
・「震災文化」との関りを発信すべき
・ まち全体で開催している雰囲気が感じられない
・「市民文化祭」「総花的」
・ コンセプトの明確化が必要
・ コンペティション、企画展示の見直しが必要
・開催場所の見直し
・組織体制の見直し
これらは自らの検証に書かれている言葉です。
事業収入についての言及はあるが市税を含めた全体の事業規模は不明。入場者37万人の根
拠も不明です。実際はもっと厳しい検証結果だったのです。

「出合い」「わ」「きら」「さく」そして今年は「スキ」では理念とはいえないですね。
「市民文化祭」とは私が第1回で指摘して、以後の確執のもととなった言葉ですが、検証
委員会の報告に挙がるとは。
この検証報告が出たのが開催1年前ですから改善は僅かに止まっています。というより
組織体制の見直しがなされなければ、あとの指摘事項の全てが無理だと思います。
一部を書いていますが、まことに残念なことですが、この5回、10年を通じての実行委員
会の不透明さ、情報開示の不徹底、情報発信の我田引水ぶりは、みんなが陥りがちなこと
ですがその酌量の範囲を大きく外れていると言わざるをえません。

第1回のプレイベントシンポジウム「神戸ビエンナーレが目指すもの」で、すでに杉山知
子(当時「芸術と計画会議」代表)さんが大きな違和感を表明し、「震災を経験した神戸、
そこで自分たちでやると立ち上がった人々の意志、そうした人々や街を誇りにしてアート
によってどれだけの対話がうまれるか、それが成功するか、しないかの秘訣ではないかと
思う」と発言しましたが、その杉山さんも「対話」なく排除されていきました。(記録
集P32)
神戸という街は開放的で自由に見えて、じつは堅牢に組織化された村的風土を濃く残して
います。「神戸ビエンナーレ」はそこにしっかり根をはって存在しています。既存の組織や
団体をベースにすればその限界が全体を規定してしまいます。それでも第1回は意気込み
がありました。私が具体的に批判したことが第2回では随分と展開されました。(これは自
讃ではなく必然的にそうなったということです)。

5回にわたって書いてきました。まだまだ書かねばならぬことはたくさんありますが、
「もうええかげんにせいやあ」という声も聞こえてきますし、そもそも「神戸ビエンナー
レ」には、なんの関心もない方には迷惑なだけですし、「怖い人」と思われそうです。
では結論に入っていきましょう。
「神戸ビエンナーレ」は喩えていえば「張子の虎」と言えるかもしれません。
いままで内容について逐次触れてきました。招待作家とコンペティション以外は、ほとん
どが、私たちの日常に過ぎないと言えます。もっと高いレベルの刺激的な美術や音楽、ダ
ンス、演劇、アニメ、映像などが巷に溢れかえっていると言って過言ではありません。
言い換えれば私たちは豊かな文化を日常的に享受しているので、中途半端なものでは刺激
■常であり未知との出会いドキドキワクワクすることが必要なのです。
日常的なものをいくら組み合わせても日常にすぎません。

杉山知子さんの発言を具体的にいえば新長田のDance Box(大谷燠)が代表する「下町芸
術祭」、CAP(芸術と計画会議)の「神戸文化祭」、宮崎みよしの元町高架下をはじめと
する取り組み、「ヤマキファインアート」、今回から外れた「ギャラリー301」「ギャラリー
開」などいい仕事をしているとこが外れていきます。震災を言うならば地域に根を下ろし
その場から創造的なものを生み、発信し、人が育つ仕組みを大切にしたいです。
第1回から「前衛いけばな」が言われ、今回でも「お花」のウェートが高いですが、私
たちの取り組みは大地に種を蒔き、手間ヒマかけて育てることです。地域に飾り花を飾
ってはいけないのです。

毎回、いろいろと見てまわってた結論を言えば「神戸ビエンナーレ」とは「神戸文化カタ
ログ」というにふさわしく、多く関連事業や、イベントなどは「宣伝ブース」であったり
広報協力にすぎないのではないですか。神戸文化の奥深さや魅力を「カタログ」で分かっ
た気になってもらってはこまります。
(重ねて申し上げますが招待作家やコンペ作品などに見どころのある作品はありました)

準備段階からいれれば10年を、ほぼ同じ理念や同じプロデューサー、アーティスティック
ディレクターがリードしてきました。
2年毎にこれだけのプロジェクトを纏めるのは並大抵のことではありません。
でも、もういいのではないですか。
神戸という街のためにも今のビエンナーレは止めるか 立ちどまるべき時にきています

ならばお前に出来るか? と問われれば出来ませんと頭を下げます。
私がやるべきこととは違いますから。
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今日の言葉
「芸術とは、何物にも従属しない個々の生命のリアリズムであると思います」
「群れない、慣れない、頼らない、奢らず、誇らず、羨まず、欲を捨て、
時流をよそに脱俗を夢見て、私は一所不住の旅を続けてきた」
堀文子