月別アーカイブ: 2019年6月

■□■□2019年6月 Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1482号 6月13日

■□■□2019年6月
Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1482号 6月13日

              開催中の展覧会から

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1 展覧会から
   山口よしこ展    今日まで
   奥田善巳・木下佳通代の相克   19日まで

2 準スタッフ・インターンスタッフ募集のお知らせ
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1 展覧会から
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山口よしこ展
あっという間に本日が最終日 16:00までです
お見逃しなく
http://gallery-shimada.com/?p=6178

スタッフYによるブログです
http://gallery-shimada.com/blog/?p=8743

話題の
コレクション+シリーズNo.5「奥田善巳・木下佳通代の相克」
6月19日まで
お見逃しなく
http://gallery-shimada.com/?p=6175

スタッフYによるブログです
http://gallery-shimada.com/blog/?p=8755

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2 スタッフ募集のお知らせ
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準スタッフ募集
http://gallery-shimada.com/blog/?p=8725

インターンスタッフ募集
http://gallery-shimada.com/blog/?p=8727

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■□■□2019年6月 Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1481号 6月11日

■□■□2019年6月
Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1481号 6月11日

              WHAT I AM DOING
   — 私の現代 山沢栄子–
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1 蝙蝠日記
   What I am doing 私の現代 山沢栄子 西宮市大谷記念美術館

2 今日の言葉 
   混沌としていて形にはなっていない「時代」と切り結んでいく
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1 蝙蝠日記  山沢栄子を見て
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あまり期待せずに出会って、思いがけずに心を惹かれることが起こることが
ある。
今回、ここに書くことが、まさにそれであり、心、昂った。

What I am doing 私の現代 山沢栄子 (西宮市大谷記念美術館)へ足を運び
ました。

私が見に行ったのは併催されている「津高和一コレクション展」を見ておき
たいと思ってのことでした。
津高さんの没後10年の時にブラジル・サンパウロから日本に作品が戻される
ことになりギャラリー島田が窓口となった。
津高さんの地元である大谷にも二作品を寄贈仲介させていただいた。
さすがに絶筆を含め見ごたえのある作品が並んでいた。

これは本題ではない。

写真家・山沢栄子については同じ大谷の津高和一生誕100年「架空通信展」の
記録に屡々名があることは記憶している。そして津高和一のポートレートは
ほとんどBy EIKO YAMAZAWAとある。
しかし切れのある色彩と大胆なフォルムによる抽象作品と経歴については初
めて知りとても印象深かった。

下記をご覧いただきたい。
http://otanimuseum.jp/exhibition_190525.html

そこで手にしたカタログは写真、評論、造本に至るまで鮮烈で圧倒された。
これ自身が素晴らしい作品である。
奥付をみてその理由を納得した。発行が「赤々舎」、発行人が姫野希美とあ
る。
池上司(当館学芸員)さんがアメリカに長期滞在されていたことは知ってい
たが、この調査に関わってのことだったことも納得した。

女性写真家のパイオニア山沢栄子の言葉を本書から引用しておく。

単身私は貨物船にのって生まれてはじめて海をわたった。
二十七歳の夏であった。
一個の人間としての意識がつよく、太平洋の波にむかっていろいろ気持ちを
話しかけた。

自然と語ることを覚えたのはこの時にはじまった。その時に私の中を満たし
ていたものは今も私の中に生きていることを感じる。(略)

しかし日本の国に私のような考えをもって生きてゆくのは、女性として無理
なことがたくさんありすぎるように思う。
しっかりとした精神と、私をたすけて下さった人たちなしには、決して私に
なることはできないことを今になってよく分かってきた。
私は小さいことでもいいから人の役にたちたい。芸術的意欲もそのためにほ
かならないのではなかろうか。(略)
人生の道はジグザグだが、ひとつの美しい目標に向かって行くのだと思う。
(略)
「婦人公論」41巻9号・1956年8月  本書P182 から

美しい毅然とした詩を上げておこう。
本書の最初と最後に引用されている詩です。

未知の世界につづく道

今日をたしかに歩む道

遠く

近く

一つの道

EIKO YAMAZAWA

「私の現代」(1986)

A Path

The path into the unknown

The path I walk today

Far

Near

A single path

Eiko Yamazawa

Abstrackt Photographs

この言葉が二度、引用されていることに強いメッセージを感じる。
そして私が感銘を受け、何度も反芻してきた姫野希美さんの言葉と重なる。

アートはお墨付きをもらった価値観ではありません。
しかし、人間の真実や、時代がはらんでいる問題を鋭敏に表現しようとする
行為です。
商売にならないどころか、排除される危機にも瀕(ひん)してしまう。
アートの垣根をなくして、多くの現代人に新たな感覚を体験して欲しいと願
っています。
ビジネスという枠組みからではなく、惹(ひ)かれるもの、必要なものとい
う視点から出発する仕事。
そこに挑み続けて生きたい。

本著で池上司さんが問うているのは
What I am doing であり What are you doing なのではないか。

この言葉は、私を律し続けてきたフィンセント・ファン・ゴッホの投函され
なかったテオにあてた最後の手紙「そしてきみはどうしようというのか」に
つながる。(注)

最後に
この展覧会の後援はNHK神戸支局です。
さて、営業政策上、指定管理先や後援事業などに忙しい新聞各社や美術雑誌
などがどう取り上げるのか。
この素晴らしい、刺激的な展覧会がどのように受け止められるか楽しみです。

(注)
きみは現実に人間に対する愛をもって行動し、方針を決めうるとぼくは思う
が、しかしきみはどうしようというのか?
(「ファン・ゴッホ書簡全集 5」みすず書房 P1767 の最後)

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2 今日の言葉
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アートとは何か。表現とは何か。それは、まだ混沌(こんとん)としていて
形にはなっていない「時代」と切り結んでいく作業だと思います。
私の仕事は声高にメッセージを掲げることではないのですが、ただ、アート
が背負う宿命、つまり時代がはらんでいる問題や新しい真実を提示する表現
を形にしなくてはならないと思っています。
私が今続けている写真出版は、私の中では仕事というより活動であると言え
るかもしれません。
もちろん自分の出版社を存続させていく努力は怠りませんが、若い写真家の
素晴らしい一冊の写真集が閉塞(へいそく)感に風穴を開ける
という実感は、責任を果たす喜びに近いものです。

姫野希美「赤々舎」発行人

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■□■□2019年6月 Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1480号 6月8日

■□■□2019年6月
Gallery SHIMADA & Art Support Center KOBE Info―1480号 6月8日

               相似と相克
            奥田善巳と木下佳通代

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1 蝙蝠日記  どこまでも道は続く

2 展覧会から  奥田善巳・木下佳通代の相克
         山口よしこ展

3 今日の言葉  ふたつの世界に生きようとするとるものは・・・
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1 蝙蝠日記  どこまでも道は続く
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一年がかりで取り組んできたモニュメントがようやく披露の日を迎えました。
近く、発表させていただきます。

どんどん新しい取り組みが押し寄せてきて立ちすくむ思いです。
が しかし 震源地は私なのです。
死ななきゃ直らない。

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2 展覧会から
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コレクション+ シリーズNo.5「奥田善巳・木下佳通代の相克」
6/8(土)〜6/19(水)
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最も力を入れているシリーズ
「コレクション+」 No.5 は 奥田善巳・木下佳通代の相克 です。
展示をしてみて「相似と相克」だと思いました。
お二人の初期作品から亡くなられる直前までの様々な技法による歩みをご覧
いただきます。

ギャラリー島田の通信6月号の「美の散歩道 84」に越智裕二郎(西宮市大谷
記念美術館館長)が書いて下さいました。

お二人と筆者が出会ったのは、奥田さんが北野に於いていたアトリエを焼失
した頃、1983年であった。
ちょうど木下佳通代さんが1981年ハイデルベルグの美術館で写真を使った作
品の展覧会を開催、好評を博して帰ってきた直後である。
彼女はすでに仕事を写真から油彩画に移しており、ぬぐうシリーズからスト
ロークを使う平面に移っていた頃であったろう。 
1985年彼らは、新しく三菱倉庫屋上(神戸港岸壁)の部屋を借りてアトリエ
とした。部屋は共用、確かお昼の時間で、彼らはアトリエを交代していたと
思う。
100号を余裕で描けるスペースがあった。邪魔も入らず、海・山の景色もす
ばらしく、恵まれ た環境ではなかったろうか。
近くだったので時折呼ばれ、博物館から自転車で彼らのアトリエに遊びにい
った。息抜きだったのだろう。
またこの屋上で、彼らは阪神間の作家たちを集めてパーティも開いた。情報
交換の楽しい場にもなり、シニカルな奥田さんは寡黙だったが、木下佳通代
さんは常にパーティの華であった。 
この頃、二人は競い合うように次つぎに新作を発表した。同志社大学京田辺
校舎の図書館に納められた二人の300号の大作はこの時期の代表作だろう。
知的に論理的に画面を構築する奥田に対して、しだいに鋭さと自由さを増す
木下のストロークは観るものを一瞬で引き付ける魅力があった。見る人はそ
れぞれの好みを話題にした。 
そんな二人に衝撃が走る。1990年2月、彼女の乳癌が告げられたのだ。木下
は癌治療より制作を優先することを決意し、奥田も協力した。
木下は毎年、新作を発表し続けた。民間治療のためアメリカ西海岸にも行っ
た。私たちは白鳥の歌と呼んでいたが、1994年不帰の客となるまで彼女は常
に前進を続けた。享年55歳。
残された奥田も制作を続けた。晩年声を失いながら、それでも孤絶の中で制
作を続け、彼を知る僅かの人がじっと個展で発表される彼の作品を見続けた。
奥田が亡くなったのは2011年のことである。
またこの度二人の作品がならぶという。古びのない彼らの作品とまた対峙す
ることができる。彼らに応分の評価がなされることを願うばかりである。

http://gallery-shimada.com/?p=6175

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山口よしこ展   6/8(土)〜6/13(木)
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創作とは人間の営みであり、私と自然との間で何か貴いものを交歓する精神
のありようのこと。
山口はそれを作曲に似ているという。
カンバスに向かうとき、すでに内在化され精神の襞となったイメージが取り
出されることを待っている。
選びとられた詩的形象が前回に比して引き締まっているように感じるのは、
その襞に時代の危機を孕んでいるからに違いない。
2011年、2015年に続く今回。その確かな航跡をご高覧下さい。

島田誠

http://gallery-shimada.com/?p=6178

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3 今日の言葉
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ふたつの世界に生きようとするとるものは、たえず居心地のわるい思いにさ
いなまれる運命をのがれられない。

詩人ウンベルト・サバについて
須賀敦子「トリエステの坂道」24P

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