フランス・ニースのギャラリーFEREEROでCÉSARとARMANを求めた。

立派な画集に2人がそれぞれMakoto Shimada と私の名を記し、作品の色彩素描を添えて送って下さったのがメモリアルブックの果てしない旅の始まりでした。
そして、阪神大震災。その元町駅前に復興支援館が出来た時にしっかりと骨格のある CÉSAR作品が破壊と再生の象徴として巨大な存在感を放っていました。その後、兵庫県立美術館が誕生した時、南へのエントランスに震災の象徴のように座していた CÉSAR は今も座していますが、その震災からの象徴は、重量級の破壊の象徴はどこまで知られているのでしょうか。
セザールが阪神大震災のあと、安藤忠雄さんの求めに応じて送った大作彫刻「エッフェル塔へのオマージュ」。これが元町の復興支援館フェニックスプラザの前に置かれていて、のちに兵庫県立美術館のエントランスに、今でもある。 「エッフェル塔へのオマージュ」であることは私も忘れていた。私の「忙中旅あり」の「駄々っ子アルマン」P86 にあった。
(皆さまへ  「忙中旅あり」はご希望の方に無料で贈呈させていただきます。ギャラリーにお立ち寄りの際にお声がけください。)
今、私のデスク脇にある皮装のメモリアルブックの中の、フランスからイタリアからアメリカからスペインからイギリスからフィンランドから集まった作品たち。ざっと18冊でしょうか。最初のころの作家を抜き書きしてみます。

ヨルゲン・ナッシュ Yorgen Nash(スウェーデン) ―――1988

中島由夫(スウェーデン) 嶋本昭三 石井一男

フェルナンド・モンテス Ferando Montes (チリ) アルマン Arman (ニース)

セザール César (ニース)    西村功 村上三郎 元永定正 白髪一雄 灰谷健次郎  ―――1992

トミー・ワイディング Tommy Widing (ジャマイカ)   栗山茂 (ニース)

グラハム・クラーク Graham Clarke  (イギリス)

井上よう子  木下晋  ―――1993

黄鋭  津高和一  西村宣造  荒木高子

ノエル・コープランド Noel Copeland (ジャマイカ)  ―――1994

筒井伸輔  *筒井康隆さんご子息  ―――1997

松田百合子 ―――1998

ジョセフ・ラブ Joseph Love ―――1999

ヘールト・ファン・ファステンハウト Geert van Fastenhout (オランダ)

吉増剛造、マリリア・コロー Marilya Corlot ―――2000

まさに「メモリアル」で、いまや故人となった作家、外国の作家などが並んでいます。
18冊。点数にして800から900点ほどはあるでしょう。
なぜこんなにたくさんの作品が描かれてあるのでしょうか。
それは1980年頃から積みあがった海文堂ギャラリーからギャラリー島田への、この2021年へと至る40年の歩みの証言そのものなのです。
この作品たちはギャラリーとして販売を目的とはせず、したこともありません。
だからこそ、丁寧な革装として残り続け、それぞれの作家は他の作品を目にし、その世界を知り、また自らの世界をメモリアルとして残すのでしょう。
そう、メモリアルは記念碑ですから。どのページも自らの、そしてギャラリー島田の多くの作家たちとの・・・・
物を書く人は書いたものを残す。描く人は描いたもの、すなわち作品を残す。それをメモリアルとして残す。何百人という画家が刻印するのです。
かつてこのメモリアルブックをスライドショーで3回ほど上映を試みましたが、毎回3時間ほどかけても見切ることはできませんでした。
1980年と言えば、今を生きる作家たちは、絵を描くことすらまだなかったかもしれませんし、ここに名のある作家すら知っているかどうか。彼らもそこに自らの作品を残すことになります。
そして、それぞれの作家がこれからの時代に残す足跡を楽しみにしているのです。
私にとっては新しい旅路を知ることはないかもしれません。しかし、今、新しい旅路にあるスタッフ、あるは作家たちにとって、これらは、どこにもない、かけがえのないメモリアルなのです。