「木下晋・ラインハルト・サビエ 初めての二人展」は、とても良い展覧会となった。
 それぞれが大きな作品で、一日がかりの飾り付けは、爪を割り、手を怪我しての重労働となったが、インパクトの強い二人の作品が空間を引き締め、お二人の作品の近似性と、また差異を際立たせた。
皺だらけのお婆さんのどこがきれいなの、気味が悪いとの声もあったけど、ぼくは改めて木下さんが描く越後のごぜ「小林ハル」さんの100才の姿に打たれた。この三点のハル像は、木下さんの最高傑作として後生に残るのもだと思う。幼少のころからデッサンの天才と言われてきた木下さんなので、技法としての進化のことではない。青木新門さんが言ってらした「死と向かい合うことの美しさ」を素直に感動している木下さんの姿がここにある。常にそうであったとしても、今までの作品と明らかに次元の違うものを感じる。それは木下さんがハルさんを「キューリー夫人やマザー・テレサに勝とも劣らない素晴らしい女」と言った、その思いが素直にこちらに伝わるのです。
 突然「針生一郎です」と電話の主が言った。「誰?」と一瞬ためらう。あの美術評論家の?。「今、県民会館にいます」。存在感のある針生氏はこうしてギャラリー島田に現れた。氏はサビエを日本に紹介した人で影響力のある評論家である。この展覧会の案内を木下さんが送って岡山大学で講義をされた帰りに尋ねられたよし。しかし、その案内状を持ってこなかったので、ともかく県民会館に行けば分かるだろうと思ったとのこと。針生さんは木下さんの絵の実物を見るのは初めてとのことで熱心にご覧いただき「いい展覧会だ。来てよかった」とぽつりぽつりと話される。サビエや木下さんのアウトサイダーアーティストの話しになり画壇の話になった。彼等こそ時代を動かす可能性がある。そして藤崎孝敏さんの絵をお見せすると、じっと見つめられ「良い作家ですね」。
長い髪の毛をした独特の風貌がニッコリ笑う。ギリヤーク尼崎さんだ。もう7~8年前に神戸ではじめてギリアークさんの大道芸を湊川神社で披露するお手伝いをして以来のお付き合いである。1997年の木下さんの池田20世紀美術館のオープニングでも「津軽じょんがら節」を激しく踊った。震災後は毎年、菅原市場で1月17日に踊っておられる。氏は根っからの大道芸人で、その生活はすべて芸を披露して「投げ銭」によっている。70才だというのに顔の色艶はとてもいいけど、地べたに石ころの転がるところで激しく飛ぶ、体を打ち付けるで、椎間板損傷など体中怪我が絶えないという。津軽の100才のゴゼさんと、大道芸で「じょんがら節」を踊るギリヤークさん。この空間に厳しい北の海鳴りが聞こえてくる。背をこごめて人が行く。雪が舞う。見上げれば降りしきる雪。見つめれば天に吸い込まれるようにぼくの体が浮く。ギリヤークが天空で舞う。
 三味線が鳴る。ハルさんの声。ハルさんの白髪。皺。
 1月28日にTV「知ってるつもり」で、101才の小林ハルさんの特集があった。木下さんがハルさんの年をとって段々と俗世の芥(あくた)を洗い流していったように美しくなることを説き、今回の作品も紹介された。私も木下さんの作品を通じてしかハルさんを知らなかったので、あの強靭で人生の重みのいっぱい詰まった歌声と、皺だらけだけど、なんか瑞々しいお顔には驚いた。木下さんの「マザー・テレサに匹敵する美しさ」と言った意味が誇張ではないことを知った。ここまで書いて、私はハット気がついた。
 マザー・テレサに感動する世界と小林ハルに感動する世界の違いが、まさにサビエと木下さんの世界の違いだと。このことは兵庫県立美術館の学芸員の江上ゆかさんが、インターネット上の超人気メールマガジン「ART SCAPE」2月15日号に書いてくださる内容と同じ意味だと思う。(この美術雑誌は60万ヒットという人気。ぼくも愛読している。インターネットで誰でも無料で読める。ぼくも愛読している。この人気サイトと兵庫に画廊ではギャラリー島田とだけがリンクしている)
 初日13日のトークは「神戸塾・特別例会」でもあり、普段と違う顔ぶれも見え、また東京、長野、富山、高知、福岡からも駆けつけて盛況であった。とりわけ富山からベストセラー「納棺夫日記」を書いた青木新門さんがきてくれたのがうれしかった。青木さんは5年前にも私がコーディネートした「戦後美術の軌跡」(神戸まちづくり会館)のシンポジウムに信濃デッサン館の窪島誠一郎さん、兵庫県立近代美術館の中島徳博さん、木下晋さんのパネリストとともに飛び入りでゲスト出演して下さり、死と向かい合っていきることの大切さを含蓄のある言葉でしゃべって下さった。
 昨年10月22日にNHKのBSで1時間にわたり山根基世アナウンサーと「死と向き合うとき」という話しをされている。富山の、昔の死体焼却場の小屋の横での話しが実にいい。ご希望の方に貸出しいたします。