年末、年始の休みが6日もあるのは27年ぶりのことである。もっとも、たいていの年は1月5日ころから10日~14日くらい海外へ行っていたから、前の方が豊かであったのだろう。
 年末は京都に行ったのと、フジ子・へミングさんのカウントダウンコンサートへ出かけ、年始はテレビスポーツ観戦と、ひたすら読書であった。
 久し振りに古巣、海文堂書店をたずね、皆と挨拶を交わしながら本を漁った。お目当ては、話題の猪瀬直樹の「太宰治伝・ピカレスク」で、あとは久し振りの本屋を楽しんだ。結局、文庫の新刊コーナーから沢木耕太郎の「壇」加藤周一「読書論」、新書コーナーから岩波新書2冊、そして大江健三郎の「取り替え子」を選んだ。
 全く無意識の選択であったが、結果として関連しあった選択であることに驚いた。それは、前回の通信でゴッホと鴨居先生の「死」、それも自殺をめぐる考察について触れた。「ピカレスク」は、従来の太宰のイメージを覆す、真迫のミステリーに満ちた評伝で改めて猪瀬の力量に驚いた。自殺(心中)未遂を繰り返し、その都度、ある種のしたたかな計算の上に生き延び、最後は計算違いで死んだ太宰と、文豪面をした井伏鱒二の小心さと犯罪的悪辣さが余すところなく描かれていて実に面白い。そして、ここにも壇一雄がしばしば太宰の友人として登場する。沢木の「壇」は、壇の代表作「家宅の人」のモデルである作家の妻としての壇夫人の立場に徹した評伝小説である。合わせて、彼等の生きてきた時代と芸術家の凄まじい生き方、それらに翻弄される周囲に身をつまされて読む。さらに驚いたことに壇が昭和46年秋にポルトガルのサンタ・クルスの町に住み着きその壇さんを訪ねていった画家・関合正明さんのことがでてくるけど、この関合さんは十数年まえに海文堂ギャラリーで個展をさせていただいた鎌倉の作家で、そういえば壇一雄との交際についても聞いたことを思い出した。関合さんの「随筆・狸の話」を書棚から探したが、本のケースだけが入っていて肝心の中味がない。この本は皆美社という出版社からでているけど、檀さんが最も親しくしていたのが皆美社で、関合さんのポルトガル行きはこの社の関口弥重吉さんたちと同行であった。一足先に帰国した関合さんが体調を崩した壇さんのことを奥さんに「壇はアル中だ」と報告し、奥さんがポルトガルを訪ねるきっかけとなる。この4年後に壇は他界するので結果としては二人にとって、大切な時間を共有することになるのだが、関合さんもいい加減なことを言ったわけではないだろう。「狸の話」になにか書いてありそうな気がする。
 もう一冊の「取り替え子」は、小説を中断していた大江さんの久々の新刊だけど、高校以来の親友で大江夫人の兄である、衝撃的な自殺をした伊丹十三さんとの交流を大江さんらしい、重層的な、手のこんだ語り口で書いているが、実は当事者しか知り得ない暴露的な内容を含んだ誠に痛ましい小説である。まだ、半分しか読んでいないが、あの大江さんにしてと、深い嘆息を憶えながら読んでいる。人の世の生き難さを思う。これらの本に共通するのは異常な死ということである。

閑話休題

ついでながら、この年末年始は実によく泣いた。なんでこんなに涙もろくなったのか。
 映画でいえば、息子の陽から「これだけは見ときよ」といわれた“ダンサー・イン・ザ・ダーク”に泣いた。テレビの「中国少数民族の少女」の可憐な愛しさにも、昨日の浅田次郎の「鉄道員・ポッポ屋」泣いた。(もっとも家内に言わせれば途中でイビキかいてたとのこと)
スポーツ観戦。箱根駅伝で2度涙ぐんだ。ひたむきに生きる人間の姿の美しさに勝るものはない。そんな姿に励まされて私も生きている。