買いたい本があってジュンク堂へ行った。書評を見て養老孟司の「遺言」(新潮新書)と松原隆一郎の「頼介伝」(苦楽堂)、書斎に見当たらなくなった加藤周一「夕陽妄語」(ちくま文庫)のⅢがあればと探したが、これは無かった。
そして志村ふくみ、石牟礼道子の「遺言 対談と往復書簡」(ちくま文庫)などを買った。
樹木希林さんが亡くなった。75才。この頃、訃報を我が身と重ねることが多くなった。目立たない会社員で勤めあげた最後の日に帰宅してポックリと亡くなった父。この父も75才だった。それにしても私も大病をし、「探求心」や「野心」というものが希薄なのに、よくここまで生きてきた。
おいしいものを食べることはだれでも好きだ。でも私は朝食は簡単に、昼食は自分で弁当を作ることが多い。自分で笑ってしまうのはランチでもワインやお酒も少ししか飲まないのに「安い」ことを基準に選んでいて、あまり美味しくないと、自嘲することになるが、そのことを懲りずに繰り返している。山田風太郎に「あと千回の晩飯」(1997年4月1日:朝日新聞)がある。私もそんなものだろう。そんなにケチってどうするのと友は呆れ、自分も毎日呆れる。
上記の2冊の「遺言」ともに味わい深い。遺言は遺書ではない。これだけは言っておきたいということだ。ならば、この頃、私が書くことは遺言ともいえるかもしれない。

聴くということ

養老孟司の「遺言」によれば脳は棒の先に丸い飴玉が付いたかたちで、それが脳。それを包む丸い紙が大脳皮質である。その棒が脳幹・脊髄だという。その棒に乗っかった脳は視覚、聴覚、触覚として情報処理を司どるという。中心域には言葉があり、分かれた先の左の「目」の領域が絵画であり、右の「耳」の領域が音楽である。その理屈を解説しているわけではない。私が障害を感じている聴覚は脳幹・脊髄を通って脳で情報処理をしていることを教えられた。(「遺言」5章)私は1989年8月27日に脳脊髄瘍腫という大手術をした。そういえば、その時、傷ついた神経は恢復することはないと聞いた。ふたたびの命を与えられ、そこから不思議に多くのことを託され、今の私を成していることに思い至る。加齢により難聴になるのは誰にでも起こりえる。29年前に折れそうに震えていた神経が今、ふたたび脳脊髄のなかで衰えていることなのかもしれない。いままで、よくぞ耐えて下さったと労いたい。今の命があるのも何かの思し召し。今のこともそのように受け止め、今までのように在り続けたいと願う。狂った音楽も私の人生の大切な一部だと思える気がしてきた。
記憶の中の音楽が蘇ってきたことを書いた。そして正しい音程での演奏を聴きながら誤差を正していこうと考えてみた。でも、ここで書いたように失われた機能は戻らないようだ。そこでさらに考えた。ふり返れば私はアマチュアとはいえ40年近く指揮者で初演曲も手掛けてきた。それは楽譜を読み込み音楽を一から創っていく作業だ。聴いたものを再現するのではなかったことに思い至った。とはいえ合唱指揮だからせいぜい4部、8部のパートで繰り返し練習できるから可能なことだった。これからは楽譜を読み自分のためにだけの音楽を自分で創造することに向かいたいと思う。
耕すということ=agriculture

田を耕し種を蒔き日々の手入れを怠ることのない「農」とゆう「業」。報いられることは少ないが大地を耕すだけではなく人の心を耕す。そのことに眼を届かさないといけないと思ってきた。「根っ子」「根底」といわれる。今回「美の散歩道」に書いていただいた柳原一德さんは小出版を率い(といっても一人で)、農地も文化も耕しながら絶望的な戦いに挑み続けている。出版・写真・農業の三役である。私の挑んでいるのも三本柱である。「みずのわ出版」は神戸で創業したが、見切りをつけて故郷である周防大島へ戻った。彼の全てにまっとうに真剣に生きる姿に共鳴し、手がける本の全てを買っている。柳原は公的な図書館が寄贈を求めた時に、それを断った。飲み会、交流会の会費なら出すけど「本は寄贈」、これは筋が通らない。高村薫「土の記」(新潮社)にも心揺さぶられた。
私の仕事も文化という土壌をcultivate(耕す)ことであり、 distributor(流通の担い手)であったりchef(料理人)であったりは出来ないのです。そう考えれば「アート・サポート・センター神戸」も「こぶし基金」にも通底している精神だと思い至ります。

多分に強者になりえないという、自分自身の実感と、虚構や覇者を排すべきであるという明確な自覚は、今なお、ぼくを暖めつづける体温そのものであり、かっていささかの苦渋と挫折に色どられた春の日の体感に由来する陰影が、今日、なお執拗にぼく自身をドン=キホーテさながらに理由なく困難な状況へと立ち向かわせているようである。
「わが心のシノプシス」からの抜き書き (佐本進「天の劇場から」)

佐本先生の精神は私そのものである。でもこのスピリットが自分を縛り、佐本先生は自死を選んだ。「天変地異で農業は全滅する」とかあちゃんは言う(美の散歩道から)。でも天変地異だけではなく時代の風潮にも抗することをせずに失われるものもある。