gallery informationをお送りしたところなのに次の蝙蝠日記の原稿締め切りが迫ってきた。判断を迫られることは怒涛で、時間は疾走している。ギャラリーと自宅を行き来するだけなのになぜこんなにも余裕がないのか。

8月30日、31日。上京して大切な打ち合わせに臨んだ。ギャラリーの現状の打開を図るためだ。簡単な名案などはあろうはずもない。

その前に、東京国立博物館の特別展「縄文  1万年の美の鼓動」を見にいった。「縄文」を是非、見ておきたいと思ったのは直接的には重松あゆみ展「Jomonの面影」(9月15日~26日)と、画廊通信8月号の「美の散歩道74」に、重松あゆみが縄文土器と洞窟壁画について書いた「穴に入る」が念頭にあった。

あと3日で終わるとあって、開場30分前に行ったのだがチケットを買うのも入場も長蛇の列。チケットを手にして初めて気が付いたのだが「縄文」の会場は広い敷地内の左奥にある平成館だった。

この場には思い出がある。

平成24年(2012)3月13日、東京国立博物館・平成館で文化芸術による復興推進コンソーシアム設立記念シンポジウム「文化芸術を復興の力に」のことを思い出した。

司会:本杉省三(日本大学教授)パネリスト:紺野美佐子(朗読座)、赤坂憲雄(福島県立博物館館長)、大澤隆夫(仙台フィルハーモニー管弦楽団専務理事)、近藤誠一(文化庁長官)、それに何故か、私もその一人でした。私は「アートエイド神戸」「アーツエイド東北」へと繋がる市民が支えるメセナの役割を語りました。この時のメールマガジン715号「文化芸術を復興の力に」から引用します。

 

控え室での懇談が面白かった。なんせ、私は赤坂憲雄ファンである。季村敏夫(詩人)さんと「なんとか赤坂さんを神戸に招きたい」という願いを語り合ってきた。大澤隆夫さんの奥さんは私の神戸高校の後輩に当たるそうだ。

赤坂さんは海文堂書店の「荒蝦夷(あらえみし)出版社フェア」の時に来神されたそうだ。そして、お二人とも「神戸からの志縁は、やはり他とは違う」と話され、私は「経験しているからでもあり、志縁いただいたことのお返しでもある」と伝え、話は、私の母が関わった昭和9年の東北大飢饉での生保内セツルメントまで広がり、赤坂さんは神戸行きを快諾して下さり、がっちりと握手した。赤坂さんの「東北学」は民俗学という範疇をこえて、日本の、そして私たちのアイデンティティーの見直しを迫るものであり、それが「3・11震後」のまさに課題だと思います。多くの方に呼びかけて、単に、お話を聞くという枠をはずして、「場」と「思い」を共有できる会にしたいと願っています。

 

それが7月20日に「東北の復興、日本の明日」(神戸凮月堂)という講演会として実現し、赤坂さんの講演と季村敏夫さん私を交えての鼎談、司会は渡邊仁さんでした。(メルマガ745号で書いています。バックナンバーでお読みいただだけます)

赤坂憲雄さんから岡本太郎が50年前に発見した「縄文」についても教わりました。赤坂さんの「岡本太郎の見た日本」(岩波書店)は2007年に出版されたものですが岡本太郎の滾る情熱と、それに赤坂さんの魂が共振して、こちらも揺さぶられます。気になったところを引用すれば、膨大になってしまいます。

 

芸術は全人間的に生きることだ、わたしは絵を書くだけの職人にはなりたくない。

だから民族学をやったんだ、わたしは職業分化にたいして反対だ。

わたしは画家にも彫刻家にもなりたくはなかった、ほんとうは思想家になりたかった

(P2から)

 

長い眠りにあった縄文の発見者として岡本太郎がいます。縄文土器に出会った衝撃を「四次元との対話―縄文土器論」として『みづゑ』(1952年2月)に発表、縄文の 「火焔型土器」のような造形美、四次元的な空間性、そして、縄文人の 宇宙観を土台とした社会学的、哲学的な解釈が1万年の眠りから「目覚めよ」と呼びかけたのです。それから66年。

 

自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ。

芸術はきれいであってはいけない。うまくあってはいけない。心地よくあってはいけない。それが根本原則だ。

芸術というのは生きることそのものである。人間として最も強烈に生きる者。

無条件に生命をつき出し爆発する。その生き方そのものが芸術なのだ。

 

 

今日をどう生きるか

 

淡々と時は刻まれています。だれにも等しく。こうして、ここで「縄文」を見ながら私自身をふり返っていると阪神大震災に遡り、そこで成してきたことの源は幼少期に既にあったことのようだ。

 

刻一刻はすべて私自身のこと。今さらどうみられるかは関係のないことで、目覚めれば明日があるだけ。

今までも、今も、これからも、全てを引き受けながら小さな自分の声で語っていきたい。

まだ見ぬ、少しでも希望を繋げる明日のために。