年明けから私たちの思いを込めた展覧会が続き、作家もまたそれに存分に応えた。
期間が一ヶ月であったり、三つのギャラリーを同時開催であったり、それぞれが挑戦だった。そしてそれは気がつけば「崖っぷち」での綱渡りでした、いや、ずっとそうだった。
そこで、ギャラリー40 周年の後半に差し掛かる夏季休廊の間にスタッフが計画し、バイト、インターンさんたちが総がかりでメインテナンスは勿論、膨大な資料や備品などの点検、整理、廃棄処分を徹底し、機器類も更新、ギャラリー内でのネットワーク環境も新たに整えた。捨てるに忍びないものは「なんでももってけ」のマーケットで持って帰っていただくよう試みた。来られたかたは閉店セールと思われた。
チームとしてのスタッフは気合十分。様々な改革へ取り組む。

窪島誠一郎さんの信濃デッサン館は私たちとほぼ同じ年月を経てきた。「信濃絵ごよみ 人ごよみ」(信濃毎日新聞)に「借金」(2000.7.1)というエッセイがある。
みずから「借金世代」といい、 わが人生最大の恩人といえば銀行サマサマなのだ。そして「借金さまさま。健康のモト、馬力のモト」と書いている。
しかし、閉館というつらいニュースをきいた。「無言館」が誕生する前に「戦没画学生の絵画展」を「50 年目の戦場」と 言われた神戸で手がけて以来のお付き合いで多くの大切なことを教わった。
多くのギャラリーが惜しまれながら閉じていく。さまざまな要因があるが、借金さまさまと言っておれなく、首が回らな くなることが多いのではないか。
私の場合は海文堂を離れたときにはすでに58才。借金すら難しかった。
私たちの役割を考えれば、このしんどさも引き受ける以外にない。
75年の日々を超える私の身体は耳、眼、脳の能力の衰えとして自覚し、 40年のギャラリーは厳しい局面を迎え、 25年の財団は、思いがけずに基盤が強化されたが、全て助成に使うものであり永続が保証されるものではない。
ものごとにははじまりがあり、必ず終わりもくる。私のことは執着はない。しかしギャラリーや財団がはたしてきた役割は簡単に消すことは出来ない。時代の風潮に抗しながら、売り買いでない存在として託されるものがあればいいし、そうでなければ終着駅へ到着する。

聴くということ

過ぎ去りしものは取り戻すことはできないが、これだけは取り戻したい。それは私にとっては音楽を聴く耳だ。
2年前に初めて変調を感じた。完璧な演奏が狂って聴こえた。コンサートホールでなかったので音響のせいだと思った。しばらくしてピアノのリサイタルでは調律が狂っていると指摘した。
様々に検査を受け、治療を受け、次々と機器を試している。相対する会話はなんとかなる。しかし複数の人との会話は難しい。コンサート、演劇、講演、映画など全てだめである。
治したいと思う気持ちが体調全般を整えてくれたのか、一時、頼っていた杖が不要になり、睡眠も改善された。
音楽は私の人生の一部であった。それが聴けないことはとてもつらい。
変調を感じて一年がたった昨年12月5日。いつものように朝5時に目覚めリビングに座って暁闇に沈む神戸の街を眺めていた。ふと。今日は加藤周一さんの命日でありモーツァルトの命日だと思った瞬間にモーツァルトの弦楽四重奏曲が瑞々しく流れでてきた。
呆然として聞き惚れた。それは体の隅々まで沁み込んだモーツァルトだった。翌朝はクラリネット五重奏曲が聞こえた。私は中学、高校の一年までは吹奏楽部でクラリネットを吹いていて、その後、合唱へと変わった。この曲はほぼ吹けていた。
そうか記憶の中にある音楽は聞こえるのか。そのあとはバッハのマタイ受難曲を呼び出した。まるでjukeboxみたいと評した人がいた。最近、合唱仲間と会うことがあり、愛唱歌が次々と蘇った。小さな声で歌ってみる。自分の耳には正確だと聞こえても狂っているようだ。「昴」「My Way」「思い出のサンフランシスコ」「いい日、旅立ち」。誰もいないところで口ずさむ。指揮をする。
聴くことを諦めた音楽を、聴きはじめ、記憶のなかの正しい音程と、実際に聴こえてくる音との誤差を無くしていこうと思っている。針治療、マッサージ、サプリメント、様々な補聴器などを試しているが、何より音楽を聴ける耳を取り戻したい。

誰かが見てくれている

KOBE ART AWARDについて書いて下さった8月20日の毎日新聞の「支局長の手紙」(佐竹義浩さま)のタイトルである。 ギャラリーに登場する作家も、その思いを抱き、私たちもそうした場であることを願って心を尽くして準備する。
その出会いの中から多くの作家が認められてきた。 記事は私の眼差しを言って下さっているのだが、私たちが世の風潮と抗うよう に、淡々と続けているギャラリーを支えて下さる人々、財団においては、ご寄付を寄せて下さる人々、こうした静かに見届けてくれている人々の眼差し。私たちこそがその眼差しを信じられることでかろうじて支えられているのです。