かもしれない & まあいいか

まもなく生を享けて27300日。ほぼ父の人生と重なる。無欲だった父は最後の日まで実直な会社員生活をおくり勤めの最後の日、帰宅して母が用意したお風呂の中で亡くなった。病気をしたことのない人だった。奉仕教育活動の母。この二人のDNAが私の中にある。

傍目に見れば波乱の人生に違いないが、Y字路に立つたびに普通でない道を選び続けてきたのはその遺伝子によるものかもしれない。
今年は公益財団法人「神戸文化支援基金」がその前身である公益信託「亀井純子基金」の誕生から9000日。
来年はギャラリー島田が前身である海文堂ギャラリーの誕生から14600日。
それぞれ75年、25年、40年のことだが、日々の積み重ねとしての実感を日数に託した。

日々を日々に生きる

歩んだ道を振り返れば登山に喩えられるかと、ふと思ったが、私は何かを仰ぎ見るということはない。「大志を抱く」こととは遠いようだ。

ギャラリーの日々も、海文堂ギャラリーは毎週の展覧会でしたし、ギャラリー島田となって今や三つのギャラリーで個展や常設展をしている。
もともと画廊の仕事や美術のことについては全くの素人で書店経営の一端として始めたことだった。その日々が今に続き、年に60余回の展覧会を三つのギャラリーを組み合わせて開催している。
震災前の日々から、後に著名になられる作家たちが登場、またそのころデビューした画家たちが今を支えてくれるまでになっていることがうれしい。

基金が財団になるには高いハードルを越えてきたが「社会貢献」としての企業メセナや行政による助成事業と違うのはその活動の源が市民の志であることだ。
そしてその助成を受けた事業が地域の文化を豊かにしていることに思いを馳せる。
小さくとも、その志が希望なき時代の希望だと思うのです。※1

過激か、暴走か、狂気か

積み重ねてきた日々。いろんなところで衝突をくりかえしてきた。
過激派 ? 歌劇派 ?
県下某市の市長さんに挨拶したら「島田さん。過激派ですね」そして「私は元・過激派。今は歌劇派」と返されました。

ノンフィクション作家さんからの便りの枕はいつも「暴走老人、お元気でなにより」です。
そんなレッテル。まあいいか。
しかし、こんな時代を顧みずに突っ走る私は、ひょっとして狂っているのではないかと自らを疑ってもみるのです。
狂気は頭部に宿るのでしょうか、事実、その不調にも悩まされていますが、その狂気が
?It is needed for everyone’s happiness. ※2
everyone’sとはいいません。私たちに関わるみなさん yours であれば「狂ってる」と言われても、まあいいか。

※1 助成累計 194件 5千万円 基金残高 35百万円
※2 「銀河鉄道の夜」から