思えば遠くへ来たもんだ。
今年は「こぶし基金」が25周年、来年はギャラリー が40周年。

Triple Jump
1973年に海文堂書店を継ぎ、大規模を目指し Triple Jump。
亀井純子さんの遺贈から始まった「基金」もTriple Jumpで公益財団法人に、25周年。
ギャラリー島田もUn,Deux,,TroisのTriple Jumpでの挑戦で40周年を迎えます。

「高跳び」ではなく全力で助走をし、地を平行に出来るだけ遠くを目指す。
私の三つの取り組みと、それぞれが三つのStepを踏んでいることに気がつきました。
そしていつも「いままでになかったものを」と模索してきたようです。

「前例のないもの」も、ひとたび実現すればそれが「新しい前例」となり、地道に拓いていくことを願ってきました。

仕舞仕度
生きることにも、自らの稼ぎにも、贅沢にも関心がなく、今の全てが「私の仕舞仕度」なのですが、押し寄せてくる大波にたじろいでいます。

気がつけば、関わることが、熱を帯び、「マキコムズ」ではないですが、知らずと巻き込みながら次第にうねりとなり向かって来て、巻きこまれそうに立ち竦(すく)む私をはるかに越えていくようです。

振り返えれば、いつもそうでした。

若い頃の合唱指揮者として、書店経営、震災支援、加川プロジェクト、こぶし基金、ギャラリーのこと。すべてにおいて、震源は私であっても、うねりを起こしているのはスタッフであり関わった皆さんがなしたことです。

丁寧に仕上げたいという思いは強くなるばかりですが、様々な衰えが赤信号を点しています。「蝙蝠、赤信号をわたる」(神戸新聞総合出版センター)を書いたのが1997年。いまは「わたったらあかん」と体が伝えているのでしょう。
そうした悶悶の日々、友人が「あなたはアーティストの魂をもっているので、その道には終わりがない」と伝え、「関わっていることが未完の作品なのだ」というのです。

なるほどTriple Jumpはathleteの喩えですが私の関りではArtistなのですね。

 今日もキャンバスに向かい、終わりなき一筆を重ねながら着地点へ向かいます。

ギャラリー島田の40周年にむけて
海文堂書店の社長室を日曜大工のように改造してギャラリー としたのが、はじまりでした。その原点からアマチュアであり、一歩一歩の亀の歩みを続けてきたようです。その思いを確かなものとし、より遠くへと・・

夏季休廊の間に三つのギャラリーのメインテナンスを行います。

後半は新しい作家が続々と登場し、1985年の初個展以来、様々に関わってきた中島由夫さんをスウェーデンから、アールブリュットの小幡正雄(1943-2010)展。北野在住の絵本作家、植田真展。石井一男新作展。最後には奇想粘菌世界を描く大竹茂夫など。多彩に展開します。

2018年の40周年について
歴史を刻んだ作家たちが当ギャラリーのMemorial Bookために描かれた作品が600点を超えます。「具体」の作家をはじめお亡くなりになられた作家さんも多く、貴重なDocumentとしてData Base化し、ささやかな幕開けの集いとともにこのDocumentをご披露いたします。

開幕は大切にしている作家の主要な作品をギャラリーコレクションとしてご紹介。

初登場の沢村澄子(書家・岩手)加藤竜(ドイツ)、三つのギャラリー を使っての「藤本由紀夫」「榎忠」「元永ファミリー」など多彩なラインナップで展開いたします。

人生のY字路に立つ度に選びとった一歩一歩が自ずと歴史を刻んできたことにいささかの感懐をもち、すべて多くの皆さまの支えがあってこそ、いまこの道を歩き続けることが出来ていることに深い感謝を捧げたいと思います。