静かな光に身を捧げる

昨今の日本、いや世界について、見聞きするすべてを私の五感が拒否をしている。それは足、腰、眼、聴、脳へとひたひたと侵攻してきた。現実は体に悪い。

静けさを両手に受け止めることが、今までにないほど、大切なときが、やってきた。黒い岩肌を伝う水の音、山鳥の囀り、森を吹きわたる風、栗鼠の呼吸、月の運行、胡桃のように大粒な星の光、そして海、子供、男と女……。その言葉ひとつひとつに胸をひらくことが大切なときが、還ってきた。ますます精巧な武器や機械に人間が囲まれてしまった今、という時代だからこそ。
詩とは、静かな光に身を捧げること。そうでしょう?    山崎佳代子

「ベオグラード日誌」(読売文学賞受賞)の冒頭から。ユーゴースラビアはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、ユーゴ解体と絶えず戦火に晒されてきた。
季村敏夫さんの導きで山崎さんと2年前に東京のセルビア共和国大使館でお出会いしました。今秋、帰国される山崎さんを11月の神戸塾サロンへお招きすることが決まりました。その時、日本はどうなっているのか? その状況を踏まえてお話しいただきます。

その季村敏夫さんに「美の散歩道」へ緊急寄稿をお願いしました。

岡崎乾二郎氏監修の展示『抽象の力』を観て 季村敏夫(詩人)

深い構想力、破壊力、緻密な構成力。三位一体で迫る創造的な展示、観ることを試される体験、出会いだった。観るという動詞を選んだが、視覚のみならず触覚を含めた身体、全感覚がゆすぶられる時間を贈られた。
6月11日まで開催されていた岡崎乾二郎の認識—『抽象の力—現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』(豊田市美術館)。造形作家の岡崎乾二郎氏監修、まさに渾身の展示。第二次世界大戦後に歪曲された抽象芸術の核心部を明示、従来の美術史の読み直しという構想はそのまま、現在に撃ちこまれる世界認識であること、現代美術にあかるくないわたしにも明瞭に響いた。
岡崎氏は抽象芸術が歪曲された原因を三つあげる。一つは抽象を視覚的な追及とみなす誤読。二つ目はデザイン的な衣装とみなす偏見。三つ目は具体という用語の誤用。これまでの発想を転倒、それぞれに新しい解読を試みる。そのため、文学、哲学、自然科学、教育、宗教という違ったジャンルが横断的に動員される。
展示コンセプトの一つは、眼が実際にとらえている感覚と、認識される像とのズレ。この落差の自覚を印象派からキュビズムへ至る画家がどう抱えていたのかをたどる。ロンドン留学を終えた夏目漱石の文学論(世界認識)が落差の解明に挑み、熊谷守一やポアンカレの翻訳に挑んだ寺田寅彦らにどのような影響を及ぼしたか。また、日本の抽象画の嚆矢である恩地孝四郎がどのような背景から誕生したのか。フリードリッヒ・フレーベル(1782~1852)の幼児教育遊具の影響がカンディンスキーやクレー、ル・コルビュジエ、海を越え、恩地孝四郎や北原白秋、村山知義、萩原朔太郎らにいかに及んだのかを分析する。他に、ヘルムホルツの音響学の影響を受け、絵を描かずに数式ばかり書きこんだ熊谷守一の日記、坂田一男とモランディ、靉光と岸田劉生の相関関係への言及など、図録は卓見に満ちている。ちなみにフレーベルの思想により開園した神戸の頌栄幼稚園が紹介されている。
戦争を讃美した未来派のマリネッティを引き、モダニズムの最高形態は戦争だという言説があるが、展示の会期中に行われた岡崎氏の講演は厳しい内容であった。昭和の総力戦時、内閣情報部は言論弾圧を行使しながら同時に抽象芸術家の表現を権力の側に積極的にとりこんだ。とりわけ映画への援助を惜しまなかった事例を提示、山本嘉次郎監督の『ハワイ・マレー沖海戦』(特撮は後にゴジラを撮る円谷英二)での戦闘シーンと抽象芸術との関わりを分析した。ここのところを芸術的抵抗とは何か、私はこう受けとめ直した。あらたな戦争事態に突入したにもかかわらず沈黙、依然として快楽享受の傾向に衰えがみられないまま、権力への批判力の劣化をさらに促す巧妙なメディア戦略に翻弄され、あるべき民主政の自壊がつづく現在、岡崎氏の予定時間を大幅にこえてもなお続く静かな語りは私の胸に痛烈なおもいを刻みこんだこと、特記しておく。