長い道のりを歩いてきた。遠くに霞む日々は朧に見えない。彼方から記憶に浮かぶ姿を思い起こせば、いつも孤独なリーダーだった。
誇っているのではなく、訝(いぶ)かっているのです。
何処でもいつも望まぬのに押し上げられては、自ら梯子を降り、外してきました。

しかし、なすべきこと、なさねばならぬことがいつも見え、そのことが私を苦しめてきましたが、本当に必要なことを深く読み取り、目的ごとに取り組む人を選び、皆さんがそれぞれ主役として輝くのを喜びとしてきました。それは類例のないことに立ち向かい、小さな解決モデルをつくり、それをこつこつと動かし続けることとなりました。

ART REVIVAL CONNECTION TOHOKU (=ARC>T)の報告書が届きました。
東日本大震災の1ヶ月後に夜行バスで仙台入りし、せんだいメディアテークに行き、一人で、東北の文化芸術のキーパーソンに私の体験と考えを伝え、その夜にSENDAI座☆プロジェクト稽古場でのARC>Tの会議に呼ばれました。この報告書に私が30数人に囲まれて立ち上がって話をしている2Pにわたる写真、4Pにわたる論考や「アーツエイド東北」発会式のことが紹介されています。出会いを大切にしてくださって、うれしいことです。

前号の「縄を綯う」でお伝えした東北での文化芸術の活動は、その時に蒔いた種が、皆様から志縁をいただいたことによっていることを改めて感謝とともに心に刻んでいます。

人と人との巡りあい、繋がりこそが、目に見えない小さな力、
しかし、それだからこそ内なる世界を少しずつ変える力になるのではないだろうか。
この小さな力さえあれば、様々な土地に刻まれた記憶の豊かさに触れ、
命の重さの等しさを感じ取り、自然の力の深さを確かめ合うことが出来る。
生活というささやかな営みに潜む、無数の小さな力が結び合うとき、なにかを変えることが出来る。
(終りにー「小さな言葉」という小窓から 山崎佳代子「ベオグラード日誌」P226-227)

やるときはみんなと一緒

私はどうもどこかに属したり、そこで役を果たしたりするには向いていないようです。

ひとりではじめて、なすべきプロジェクト毎にチームは変わります。そこで生まれたSPIRITが受け継がれ、関わった人の体験として育っていくのを見守っています。いままでも、これからも、多くの人たちと出会い、その存在に関わる場を持ち、数知れない活動によりそい、全体として社会に出来うる限り、関わっていくのが三つの機能を綯う私たちのこれからでもあります。

ひとりで始めて・・みんなと一緒

振り返れば様々なプロジェクトを紡いできました。
元町の文化と伝統を守る会 元町ルネッサンス 木を植える人の会 アート・エイド・神戸
NGO・NPOのファンドレージングのための「ぼたんの会」 アーツエイド東北  加川広重巨大絵画が繋ぐ東北と神戸
公益財団法人 神戸文化支援基金…、それぞれについて担い手を変えながら、数年、あるいは数十年と、なにかを変えるためにこつこつと歩んできました。立ち止まり、振り返ればいささかの感懐が湧きますが、まだ途上かもしれません。
今後も皆さんとともに歩んでいければうれしいです。