ギャラリーを巡る環境が、どんどん厳しくなっている中でギャラリー島田が、借りてまで、なぜそんな無謀な航海にでるのだろうか。どう考えても日本の未来がよくなる見通しは何もありません。さらなる災害が確実視され、人口減少、格差、紛争などの複合要因を考えれば「手終い」こそが最適解と思えます。
でも、その1歩を何にの故に踏み出すのか。それは私たちが担っている役割にあります。
一つに 38年目に入ったギャラリー
二つに 300回をこえる神戸塾サロンを始とする文化拠点アート・サポート・センター神戸
三つに 創設23年を迎える公益財団法人「神戸文化支援基金」
この小さな規模でこれだけ多面的な役割を担うような場はまずないと思います。
そして、それぞれが補完し合いながらCreativeであることを目指し、学び、育ち、全体としてラディカルで在り続けています。

単なる作品を「見せる」「売る」という場をこえて繋がっていく役割を見据えながらの
ギャラリー島田Troisなのです。
海文堂ギャラリーの22年を経て、2000年のここ北野でのスタートはBFのみでした。2003年に一大決心をして1階でギャラリー島田Deuxを始めました。多分、地下だけであれば存続は難しかったでしょう。そして、隣接した場が空きました。迷いましたがTroisとすることを使命と受け止めました。

私は金持ちではありませんし、ギャラリー経営もいつも崖っぷちです。でも、やりたいこと、やらねばならないことはやります。
なぜ、それが出来るのか。
お金は天下の回り物。それは多くの皆様のおかげです。財団であれば寄付で、アート・サポート・センター神戸であれば会費で、ギャラリーであれば作家やお客さまが。この三つの装置に多くの人が関ってくださっています。そしてこれらを担っている人たちは、いまや若い人たちで、しっかりとぶれない核があれば、素晴らし才能を発揮します。そして今回、私の決断を促したのは、そうしたみなさんへの信頼と敬意です。

今、ここでは、様々なかかわり方を組み合わせながら有機体のように「いきがい」「やりがい」をキーワードとして「COMONS」を運営しています。私は、絶えず簡易で有効な実験装置を設計してきました。これもその一つなのです。
ギャラリー島田Troisは7月2日からスタートする予定です。
(注)新しいギャラリーをTroisとしQuatre(仮称)はBlogの名前とします。