足し算

世の中が、すべて加えること、成長、賑わい、楽しい、うれしい、イベントがすべてよしとされ、それを学び合い、似たようなものや事が溢れかえり、屋上屋を架し、柳の下の泥鰌(ど じょう)を追い、株を守りて兎を待つ。二兎を追う者は一兎をも得ずの類が溢れているように思います。

成功例を追えば、責任を問われることがないという意識もあるようです。

ある意味で加えることはた やすいことだと思います。

私も若い時にはたしかに加 えることに力を入れていました。でもそれはその前に場を清め、新しい材料でプロジェクト(まちづくり)を手がけ、それぞれが新しいものを生み出してきました。

引き算

引き算の大切さを考えていきたいと思っています。

私が託されてきたのはなにか大切なことを取り戻すための引き算でした。

それは引き裂く、消す、壊す、爆破するなどの痛みを伴うもので、できれば触りたくない避けたいことです。

でも例えば汚れたまな板、包丁、汚れた水ではいかに料理人の腕がよかろうが食材が高級なものであってもいい料理は出来ないでしょう。

街じたいが品格を失えば、そこで音楽を演奏しようがファッションショーをやろうが

素晴らしい感興を生み出したり、新しい意識が生まれることは難しいでしょう。悪貨は良貨を駆逐していきます。

引き算とはその場を新しく整えることです。

新しい状況や舞台を用意し、そこに新しい人材や芸術を生じることです。

例え話しでは、簡単に感じますが、さまざまな組織や人脈やしがらみ、利害を引き算していくことはむずかしいことです。みんなが競って足し算をするのは心地よいことですから。そしてそれを賞賛するメディアがあり終わりなく繋がっていきます。溢れかえる「足し算」をいささか辟易しながら見ています。私は託されたものとして「ひき算」、を担ってきたように思います。そして今も、これからも。

 

残りの日々に

余命を惜しんでいるのではありません。余命ではなく使命を考えているのかもしれません。

47歳での死との面接を終え、何ごとかを為せと現世へと戻されたのです。

為すべきことは三つあります。

一つ目は私がいなくともギャラリー島田を存続させることです。島田の名に拘りはありません。その精神、単なる展覧会場や売り買いでなく、作家やお客さま含めた「なにか良きものが生まれる場」、すなわち、学び、育ち、生きる、かけがえのない所であり続けて欲しいと願います。そしていい作家がここから生まれ、成長していくことを願っています。

二つ目はアート・サポート・センター神戸を通じた文化交流拠点を大切にすることです。

多くの皆様から会費をいただき、様々なジャンルのサロンを開催しています。今年、300回を迎えました。1万人が参加されたことになります。ギャラリーという場があってこそですが「神戸塾」を重ねながら「学びの磁場」として続けていきたいと願います。

三つ目は「こぶし基金」(公益財団法人「神戸文化支援基金」)を一億円基金とすることです。草の根の市民が兵庫・神戸の文化的土壌を耕し続けています。1992年に誕生し、時を刻みながら、こうした文化助成の試みのトップランナーであり続けてきました。

一億円基金とは、いただいたご寄付の累計額を一億円とすることです。

今までに79百万をいただき、47百万円を173の事業助成、東北志縁、Kobe Art Award.などに、残高は32百万円です。あと21百万円で一億円ということになります。

阪神大震災では「アートエイド神戸」が「神戸文化復興基金」(終了解散)として8千万円の事業を行ないました。合わせて二億円基金までは4千万円ということになり、簡素な運営でそれらがすべて芸術文化の土壌を豊かにする支援として使われるのです。