ここ数日、にわか雨が乾いた舗道や建物を濡らし、夜明けの空気が肌寒く感じられます。それにしても熱く、重い日々が続いてきました。
戦後70年、阪神大震災から20年。親しかった戦争を知る人生の先輩たちは戦後50年の震災からの復興を共に行動し70年に静かに逝かれました。
私が立ち上げた「アート・エイド・神戸」実行委員会(1995-2002)では実行委員の伊藤誠(美術評論家)さんが2012年12月7日に、中西勝(画家)さんが今年5月22日に、委員長の伊勢田史郎(詩人)さんが7月20日に。実行委員の半数が故人になられました。
7月22日には大重潤一郎(映画監督)さんが亡くなられました。震災以降の長いお付き合いでした。4月の火曜サロンで長編記録映画『友よ!大重潤一郎魂の旅』上映会・トーク「20年前にたしかに見たユートピアを求めて!」を開催し、沖縄で闘病中の大重さんのメッセージを坪谷令子さんが届けて下さり、映画「久高オデッセイー風章」上映会の実行委員会の設置を決め、7月28日にはギャラリー島田で第2回の委員会が予定されていました。大重さんの遺言を受け止める上映会は10月17日に開催します。
灰谷健次郎さん、小田実さん、加藤周一さん、鶴見俊輔さん、阿川弘之さんが・・・

成算なき膨大な負のエントロピー

今、出さなければという強い思いから8月10日に出されたばかりの中井久夫先生の「戦争と平和 ある観察」(人文書院)の言葉を紹介します。謙虚に「観察」と題しておられますが、これは深い洞察です。全文を引用したいほど素晴らしいのです。中井先生が「関与と観察」(2005年)「樹をみつめて」(2006年)と追求しぬいてこられた戦争と平和についての洞察にみちた発言を、今、このときでこそと、新しく加藤陽子さんとの対談と「災害を語る」という書き下ろしを加えての刊行となりました。(お二人の昭和史に対する含蓄が名人芸を見るようです)。

歴史の中の戦争を振り返えれば、酸鼻な局面を知る者がいなくなったときに繰り返される。ひたひたと戦争への足音を聞き、平和と言う状況をメインテナンスするために費やされる成算なき膨大な負のエントロピーを思う。
戦争は男性の部屋を散らかす「子ども性」が水を得た魚のようになり、戦争を発動する権限だけは手にするが、戦争とはどういうものか、どのように終結させるか、その特質は何であるかは考える能力も経験もなく、その欠落を自覚さえしなくなる。そして、ある日、人は戦争に直面する。   中井久夫

展覧会から

鴨居玲さんのこと

鴨居玲さんが亡くなって30年になります。全国巡回での展覧会があるなかで小さなギャラリーで展覧会をやる意味はなんだろうかと自問してきました。鴨居さんが愛し、鴨居さんを愛した神戸との関りを見ていただくことではないかと思ったのです。即ち、作品と人間、鴨居玲との両面を出来うる限り、ご覧いただきます。
人間味溢れる知人たちへの手紙、ユーモラスであったりシリアスであったりする写真。
「切り裂いたカンバス」(関西学院大学所蔵)、「遺書」(石川県立美術館)、交流のあった神戸の画家たち。最後の夜も一緒だったもっとも仲の良かった岩島雅彦(故人)さんの大作「芸人の家族」(200号)も特別展示いたします。お運び下さい。

金月炤子さんのこと

金月さんは1973年、NYへ。SOHO現代美術画廊などで旺盛に発表活動を行ない‘85年帰国。’87年に海文堂ギャラリーで個展を開催。また海文堂の東側壁面に学生たちを指揮して5m×3mの壁画を描いていただいたことも思い出しています。NY時代の「モダン・ダンサー」シリーズは国立国際美術館、兵庫県立美術館、西宮市大谷記念美術館にコレクションされている代表作品です。金月さんの仕事は帰国して、自然の中にアトリエを構え、森や沼を歩き。土をいじり踏み、嗅ぎ、水と遊び、深い思索の中での表現へと進みます。

川の流れの小さな岩
川の流れの休み場所
春には若葉が戸惑いながら流れ着く
夏には 空の青を うけとめる
秋にはもみじが流れ着き 疲れた旅路を 打ち明ける
冬には小雪が輪を作り やがて ゆっくりながれゆく
川の流れの小さな岩は 明日の流れの休み場所
金月炤子

そしてBOX ARTや複合技法による制作へと進んでいき、その世界はすでにご覧いただきました。今回は「ニューヨーク時代」の仕事を大作を中心にご覧いただきます。