恒例の「ミニアチュール神戸2015」の季節が巡ってきました。それにしても暑い、異常です。国会も熱いのではなく、無理無理の摩擦熱で煙が上がり異臭を発しています。
そしてギャラリー島田も熱い熱い。なんと150名を超える作家さんが大集合となりました。
毎年、テーマを決めて新作で出品をお願いしています。
たとえば2014年はChange、2013年はCadeau、2012年はSlowlyでした。
今年のテーマは「ホワイボン」です。ホワイボンとはなにか?
Why born?

今年4月にNYからお招きした川島猛さんが何度も語られたことばです。
2020年の日本、そしてその先の日本はどうあるべきか、日本のオリジナリティーとはそもそも何なのか。海外に出て様々なジャンルで活躍する日本人と、Talk(=interview)を通じて日本の未来のヒントを探す新連載を、電通総研Japan Study Groupがはじめ、第1回は、クリエーティブディレクターの倉成英俊さんが、ニューヨークで約50年活動されているアーティストの川島猛さんと夫人の順子さんに、ソーホーのアトリエでインタビューされ、そこで語られた最も重要なキーワードがWhy were you born?
何で生まれてきたか。でした。
Why born,
How are you doing,
How do you do itの、doingの世界だよな。俺もdoingだからね。(川島)

作家のみなさんに「存在証明」を問うたわけです。
DMの写真では砂浜にホワイボンと書かれています。
島田容子が円山川公苑美術館での「石井誠展」を見に行ったときに日和山海岸、気比の浜で実際に書いたものです。
これもその答えを書いたともいえます。
3号という小さな画面に込めたそれぞれの作家の小宇宙が紡ぎだす、それぞれの
ホワイボン。

ギャラリーにとってはどうだろう。
このところ密接にお世話になっている大倉宏さんは蓮池もも展ではじめてギャラリー島田に来られたのですが、昔は神戸によく来られていて塩屋は馴染みだというので『なぜ?』と問うと当時兵庫県立美術館におられた木下直之さんのところによく泊めてもらったという。
その会話をしたときに私はちょうど木下直之さんの「世の途中から隠されていること」(晶文社)を読んでいて、「二つの震災報道を巡って」(P66)に付箋をつけていた。

美術館を遺体安置所にと要請されて、ここは美術館ですからという理由で断ったかもしれないと考え、ぞっとした。
美術館は王国だとの思いが骨の髄までしみこんでいた。それは何もない清潔な四角い空間で、切り花のように生活から切り離されている。
そして遺体安置所に使われる学校や体育館ほどには日本の社会に根を下ろしていない。美術館建設ブームとは、そんな箱を次々を作り出してきただけではなかったか。

木下直之さんの痛切な言葉が印象的でした。
「地域に切り花を飾ってはいけない」は、最近の私の常套句でもあります。
そんな思いを抱いているときにイギリスに留学中の野崎ターラーさんからメールが届きました。ターラーさんはインドの父、日本の母を持ち、神戸にいるときはうちでインターンをされていました。そのときの言葉です。

どうして「ギャラリー島田」か?
美術館や他のアートシーンにある、見る、見られるアートではなくて、活動する
アートだから。
アートは 人・時間・空間をつなげることが出来る。
そういう意味でのアートを扱っているのがギャラリー島田だった。
――からです。

今回のメールでは

 半年ほどイギリスに語学留学とアート探訪を兼ねて滞在しています。
こちらでも、社長のメルマガは読ませていただいています。
人とアート、アートとアートをつなぐ活動がありありと感じられて、ギャラリー島田に行けないことは、唯一の日本への未練と言っていいぐらいです。
こちらは、アート大国。人とアートがとても近いところにありますし、喜怒哀楽を交わし合って、恋をして食べて飲んで、人生そのものが、感じ感じさせ合うアートである人たいの中に未を置いています。

ここにもギャラリー島田の「ホワイボン」があります。
今はフランクフルトから日本の現代美術史を学ぶメラニー・ウェーバーさんがインターンされています。
彼女も「ホワイボン」の答えを生きているのです。