木下晋が鉛筆でなしたこと

5月14日に五度目の東北入りをした。「アーツエイド東北」理事会・評議委員会へ出席し15日は福島県郡山から会津若松の赤坂憲雄さんが館長を務める福島県立博術館を訪ねた。」その後、東京で来年、初めてお招きする掛井五郎さんの個展会場を訪ね、16日、平塚市美術館を訪ね「木下晋 祈りの心」見た。私が行くと伝えると木下さんがわざわざ出迎えてくれた。初めて訪ねたこの美術館は、ほどよい現代的な建築で、爽やかな五月の空気と光のなかで穏やかに迎えてくれた。

木下さんの作品は、桜井哲夫さん(元ハンセン病患者)がモデルの近作を除いて、私にとって既知のものだが、こうして「祈り」という芯を通しての流れに沿うと一層、神々しさを感じた。木下さんは放浪を繰り返した母や、最後の瞽女と言われた小林ハルさん、谷崎潤一郎『痴人の愛』のモデル和嶋せいさん(ギヤラリー島田にコレクション)、そして桜井さんなど、絵画のモデルとして普通はありえない姿を、しかも鉛筆を駆使し、巨大に描いて、しかもそこに深い宗教性までを帯びた祈りの世界を表出させた稀有の作家である。

5月27日の「日曜美術館」の放映を見られた方も多いと思います。平塚市美術館では45日の開催で来場者が20,572人を数えました。本展は砺波市美術館(富山)足利市美術館(栃木)へ巡回します。

出会い

薦められて1989年にストライプハウス美術館で木下さんとその作品に出会いました。うちのギヤラリーでの木下晋展は次の通りです。 1991年 初めての個展、以来 93、95、97、98、2001、02、05、08と9回を数え来年3月の展覧会が10回目となります。多くのコレクターへと作品を渡してきました。 そして、画家と密着することがない、私ですが、何故か木下さんは、一緒に旅をしたり遠方まで脚を伸ばしたものです。日曜美術館でも紹介された月山を望む山形県湯殿山、注蓮寺の天井画も残雪の1992年3月にジャンムーランの美木夫妻と訪ね、木下さんと旅をしました。木下さんの作品に出会うために訪ねた美術館は「空想の森美術館」(湯布院)梅野記念絵画館(長野)福岡市立美術館 森美術館(東京)佐喜眞美術館(沖縄) 久万美術館(愛媛) 信濃デッサン館槐多庵 宮城県立美術館 あさご芸術の森美術館(兵庫) 池田20世紀美術館(静岡)Standard展(直島)直島コンテンポラリー・ミュージアム など。

木下さんの言葉

孤独を描きたいわけでもない。
なにかを伝えたいわけでもない。
孤独を生きる人のことを知りたい。

自分にとっていちばん大事なことは、
その人間を知っていくということで、
絵を描くことではないと思っている。

その歩み

こつこつと紙に鉛筆を走らせる。一呼吸の間に十数回も。刻むようにというのも違う、人肌を優しく撫でるように。漆黒ですら、無数の重ねることに深まっていく。老いですら皺ですら崩れ爛れた皮膚ですら、怒りにより尖ることはない。その人の生に寄り添い、敬い、同化するまで何十万もの肌への触れ合いは、木下さんの内部を浄化し、祈りとして立ち上がってくる。絵を書くとういことを越えて、木下晋の目と、魂の修練の形を通じて私たちは「人」としての尊厳を知る。余りに希薄になってしまった「存在」が、見る人のうちに甦らすものがある。美術館を訪れる多くの人にとって未知との遭遇であろうが、出会った高校生たちですら、沈黙のうちに集中させるのが作品の力である。