時に句読点を打つ

今年に入ってから、自分では制御できない大きな導きによって無意識のなかで毎日毎日を決算していくように、時に句読点を打ってきた。それらが連なったときに文体が現れ、表現をなしてきた。自分がなすべきことへの明確な意識と、名状し難い意識下の世界が会話しながら静かに私を導いている。
昨年末に「芸術文化による復興支援」について書いて震災のことは卒業したと思ったら「3・11」が起こった。年初から始まった神戸新聞の「随想」執筆は急遽、東北支援に書き換え、仙台に入った。財団は公益財団法人としての認定を受け、「アーツエイド東北」が誕生し、神戸の経験が東北で、さらに発展して出帆しようとしている。

帆 破れ
櫂 折れても
いざゆかん復活の海へ
海に生きる我は      伊津野雄二(彫刻家)

すべては私の小さな書斎の小さな机の前で、奔流のように押し寄せるイメージを呆然と眺めながら、全てを流れるに任せて、最後の確信が掌中に残るのを待って、ようやく動き出した。
「東北3・11」からちょうど4ヶ月目にあたる日にこれを書いている。

7月7日の「志縁パーティー」は、そうしたことの一つの節目でした。
雨男の本領を発揮してしまったが、170名が北野ガーデンに集まって下さった。単なる「お祝い」であってはいけないと思っていました。そこで、同じ時間を過ごす皆さんに、この財団が目指すものを、そしてそれが「アーツエイド東北」へと繋がっていることを体感していただきたいと願っていました。みなさんはどのように感じられたのでしょうか。

断崖に身をおどらす

津高和一先生の生誕100年展を開催中です(20日までです)
津高和一先生との出会いは1985年に遡ります。そのときの初個展に足立巻一さんが文を寄せて下さいました。(自筆原稿を展示中)

  原野を疾駆(はし)り
  鬱々樹木どもの静謐にあきたらず
  身をもって断崖に身をおどらす
  野獣がある      25才の津高和一の詩「火」より

津高和一は詩人であった。そこから転向した絵画においても一貫して 流れているのは純粋な初心の魂である。  足立巻一

以来、20回に及ぶ津高和一展を開催してきました。
「身をもって断崖に身をおどらす野獣」。どこにも属さず、前衛という陣営にも属さず孤高たる前衛であった津高和一先生の初心の魂は四半世紀にも及ぶ先生の作品とのお付き合いによって私の魂を染め上げたのかもしれない。

絵を生きる

一つの峠を越えてやれやれと眺むれば、少しの下りもなく、次の峰が見え、その向こうにも高峰が続く。
 8月中に書き下ろしの本を出さねばならない。ほんとうにいつまでかかっているのか。最初のタイトルは「私の愛する異端・反俗の画家たち」でしたが、あまりに俗なので、編集者の伊原秀夫さんから「絵に生きる 絵を生きるー5人の作家の力」(仮題)を提案されています。 松村光秀、山内雅夫、高野卯港、武内ヒロクニ、石井一男の五人の作家について、作品論を超えて、作品が生まれてくる背景、生き方、私との出会いや、確執に至るまで、絵と真剣勝負で生きる姿を描き、結果的に作家と濃密に関わりながら絵を生きる私を書くことに繋がりました。
 卯港さんは既に逝き、私も含めて明日を保証されている作家はいません。取り上げた作家たちは、いわば“うちの作家”と言ってもいい関わりの中で長い付き合いになりました。それが、私が書かねばならないと決意した理由です。生きている作家のことを書くのは、本当に難しいことです。書かれる方には必ず不満が残ります。一人ひとりの評伝を纏めるには私は力不測なのです。 疲労困憊の中で集中して詰めをやり切れるのか、楽しみでもあり不安でもあります。