信号「赤と青」

「信号」
交差点にくると
右ひだり、どちらでも
青い信号の方をむいて
私はあるいた

気がつくと  いつのまにか
もとの場所に私は戻っていた

ときには  一度くらいは
赤をつっ走るべきだったのだ
ー「ぜぴゅろす」拾遺より(1977年)

この詩に励まされて赤信号をわたってきた。しかし、96才の杉山さんは「赤信号」を「青にしてみせる」と言う。

「青をめざして」
私は疾走する
目の前にくるシグナルは
つぎつぎ  青になる

とおく
小さなイチゴのように灯る
赤信号も
私が近づけば
青になる
青にしてみせる
     ー 杉山平一第五詩集「青をめざして」(2004年)

私は、まだ「青にしてみせる」とはとても言えないけど、日頃のすべてのことは、もう少しましな世界をと願ってのことにちがいありません。

うしろむき、こちらむき

メルマガ500号501号に、芭蕉の「団扇(うちわ)取ってあふがん人のうしろ向き」という句にふれ、世間の名利に背を向けて生きてゆく人の姿に「この道や行く人なしに秋の暮れ」という芭蕉自身の姿を重ね、団扇であおぐというのは共感する、応援するという意味だと思うと書いた。
昨日届いた詩人の安水稔和さんの「杉山平一  青をめざして」(注)を読んでいたら、詩誌「四季」の話のなかで杉山さんが「四季」の詩人というのは臍曲りが多いんですね(笑い)。と、詩誌に後ろ向きの肖像写真をのせた詩人を紹介し江戸時代にも、ある坊さんの後ろ向きの肖像がありました。芭蕉が「こちら向け 我もさびしき秋の暮れ」という賛をしています。と、話しておられ、すこしびっくりしました。
「団扇」の人は尾張熱田の歌学者、加藤磐斎という人ですが、「こちらむけ」の坊さんとは別人のようですね。
(注)編集工房ノア刊行 この文はP179 「四季の詩人」から
美術と関係のないことばかり書いているようですが、美術のことも、俳句のことも、社会のことも人のことも、みんな同じだと思うのです。杉山さんの詩、それを取り上げた安水稔和さん、芭蕉や蕪村、松村光秀さん、すべてが、日々刻々に過ぎていく今を、どう生きているのか、何処へいくのかという問いを生きている私の意識の内にあるのです。
206回のサロンで山本忠勝さんが「神戸面白人」で、私を俎上に乗せて、話の最初に「神戸を思うと、いかにも神戸と思わせる二人の背中を思い浮かべる」と、石阪春生さんと、私の後ろ姿をあげ、そこから話が始まりました。勿論、私の「うしろむき」の話は知らずに。
昔から、子供は親の背中を見て育つといいます。いろんな会合に出ると、気がつけば最年長。いわば背中を見せていることになる。でも自分の背中は自分では見えない。「寂寥」や「老い」を労わってもらうような背中は嫌だ。杉山さんのように「青にしてみせる」という背中でありたい。