「ともに在る」

身近な人を亡くし、病と向き合う人と暮らし、困難な状況のなかでひたむきに生きようとする人たちと接していると、私の内面もいつも陰を宿し、密やかにさざめき立つ。

長く画廊を続けてきて深くつきあった作家たちのことを昨年は30年という節目のなかで、「ありがとう」と念じながら思い続けた。絵を描き続けることしか存在証明のありようもない作家たち。世の中との折り合いがうまく出来ず不器用に、しかし純粋に生きようと傷ついた魂を抱える作家たち。私の魂に切り離しがたく居ついた人々は、人生という旅の同行者であり、また家族でもある。ある種の蒐集家のように、いい時だけ、いい面だけ見て惚れる愛人のように、またビジネスパートナーと割り切って付き合う画商のようにはいかない。

「汝、健やかなるときも、病めるときも」と思う。誉めることも、謗(そし)ることもたやすいけど「ともに在る」という思いを持ち続けることはたやすくはない。それゆえに時に厳しい言葉を浴びせることもある、傷つけることもある。傷つくこともある。そうした恵まれないけど純な生き方を貫いている作家たちのことを書くことになった。
そして、そうした作家たちの歩みを辿るために、聞き取りをし、過去の資料を読み、日記を読み(これがなかなか重たい)、何より出会いの頃のことや、まつわる思い出を記憶の底のから届く深い声に耳を澄ましている。自分の家族とのありようを想像すれば分かるが、生身をさらした付き合いはきれいごとではない。ヒリヒリと傷が疼くことにも眼を逸らさない。そうした切っても切れない作家たちのことを、ゆっくりと、熟成を待ちながら書いてみたい。

 そうした想いだけが、座り込んだ視界の向こうに揺れ動くばかりで、全てが断片のまま形を成さない。どれだけの取材をしてどれくらいを書けば、彼らを書いたことになるのか、見当もつかない。こうして書いているのも逃げる心を励ますためなのかも知れない。なにより優先される家人の健康状態を見計らいながら許された時間と能力を考えるとたちまちのうちに視界不良になる。
 多くの作家が私の背負ったリュックにひょいとなげこんだ荷物が重たい。生きてきた証としての作品と「生の刻印」としての姿を残してあげることが、私の後期の仕事(レイターワーク)になってきた。追悼展や画集、詞集、作品の販売や寄贈、そして作家について書くこと。密やかだけど、まぎれもない光芒を発し、また残した、愛しい彼らの生に見合う仕事でありたいと思う。