宇宙軸の誕生

滋賀県、石山寺の近くのバス停に山内先生が出迎えてくれた。三度目の訪問だ。
竹林の際に立つ家は破竹に押しつぶされそうで、床は作品の重みで抜けかかっている。竹林の隠者である。
1990年の冬に私が最初に伺った家は東大寺の正門のすぐ横の堂々たるお住いだった。お向いは宮大工 西岡常一さんのお宅だった。金銭に全く無頓着な先生を支援する人から提供されていたそうだ。ともかく寒くて震えながら延々と先生の話を聞いた。それから5年待って震災の年の9月にようやく実現した展覧会は“こうべまちづくり会館”と同時開催となった。
1998年、2002年、そして今回。間に大阪と京都で小さな個展はあるけど、大きなものとしては、ほとんど私が手がけたことになります。画作、哲学や芸術への思索に没頭し、他を省みない徹底した自己探求の厳しさと、歯に衣を着せない他者への容赦ない批判によって自ら孤立無援へと歩を進めてきたのです。
しかし、この孤立ぶりは、また他者に依存しないという優しさとの表裏でもあります。
「島田さんは、ぼくのことを分かっていないから」と100回も言われた気がします。
被虐嗜好と鈍感力に優れた私だからお付き合いを続けられたのかもしれません。

1階と2階のアトリエにずらっと並べられた作品と対面し、居住まいを正さざるを得ない気配に圧された。
「ぼくのは作品というようなものではないのです」とおっしゃる。
「時間の結晶」「思索の結晶」仏教からキリスト教を抱合した「至上のものへの結晶」であり、作家が生きてきたモニュメント(証)そのものである。
自分を捨て去り、人智を超えた極限を目指すことを課した生き方は壮絶だ。
「表現することは、人として生きること、そのものである」

白く塗りこまれた画面はいつもと変わらないけど、黒い化石を砕くように打ち込まれたダイナミズムと以前より柔らかく白く底光りする画面の動と静の対比が、深く心に刻印され消え去ることがない。

今年、仁川学院(西宮)の園田学院長との天上的な信頼関係から生まれたモニュメント「宇宙軸」が完成した。 全身全霊の自己探求の果ての「Position」(原題)である。お二人の出会いから「宇宙軸」完成に至る経緯をつぶ さに拝見してきて、魂と魂の融合という奇跡だと感じ入りました。

語りつくせぬ思いは、小冊子に纏めたいと思っています。
ともかく、1人でも多くの方に、この稀有の作家・作品を見ていただきたいと願っています。