引越しは人生の仮決算

66歳直前に家を建てるなどとは。予定に入っていなかった。3度目の引越しになる。ぼくは家などどこでもいい。これまでも、今回も家内主導である。とはいえ、予期せぬ流れで次男の陽が設計する家に住むのは楽しみだ。もう2年早ければ、もっと良かった。遅れついでに竣工も遅れそうで、この通信を読んでいただくころには、まだ旧宅に居そうだ。

身辺の整理

一度、人生の大整理をした。今回は2度目の大整理である。 20年前の手術の時に「死ぬかもしれない」と思い身辺の整理をした。 詩人になりそこねてlove poemなどの詩稿、雑文、手紙、写真などを、思い切って捨てた。 従って、45才以前のものは、印刷されたもの以外はほとんど残っていない。 今回も書斎の整理をしている。これがなかなか面白いので進まない。残しているものは、それぞれに理由があってのことだ。それを私の不在を前提にして更に切ってゆく。別に伝記を書かれる気遣いもないので、出来るだけ簡素に。 小説家の見込みもないので、2本のノンフィクションを書くために置いていた、苦しみ抜いた時の怨念の籠った資料も捨てた。時が経てば経験が昇化され、感謝の念すら覚えるようになっては書けない。恋愛小説も書けない。

「死」

裏のアパートで 若い母親が死んだ。
生まれたばかりの赤子を残し。
四日目の晩だったと云う。
若い父親は放心したように
口を開けて泣き
忘れられた赤子は
乳を求めて泣いた。
暗く、小さいアパートの片隅で。
若い母親は、生まれたばかりの赤子を見て
なんといったのだろう。

若い父親は、生まれたばかりの赤子を見て
なんといったのだろう
そして若い父親は、若い母親を亡くし
なんといったのだろう

近所の叔母さんが来て
赤子にミルクを与えた。
うちのかあさんは
黙っておむつを洗った。
若い父親は放心したように
口を開けて泣いた。

これは今回整理して出てきた昭和49年2月刊行の神戸市民文芸集「ともづな」創刊号で佳作になった僕の詩。選者は竹中郁さん。二席に車木蓉子さんの「小さい秋」が見える。さすがに私とはものが違う。

本を捨てる

そもそも家を建てる発端は、私の書斎の拡充だった。 夢の城をつくるはずだった。それが家を建てることになった。予算は10倍になってしまった。まあ建築家・島田陽の作品に住むということだ。その書斎の住み心地は想像も出来ないが、そこに無駄なものは持って行きたくない。折に触れて整理をしてきたので、さらに削るのはなかなか辛い。
多くの方から、頂いた本や詩集、歌集の類は、その方のお顔が浮かべば残す。単なる冊子や雑誌と思っていると、拙稿や紹介が載っていたりして油断がならない。
読み返したい本や未読のものを入れれば残りの人生は読むものに困らないはずだけど、これからも買い続けるに違いない。

新しい家に住むということ

9月15日をもって車を捨てました。といってもぼくは車の免許を取りにいったことすらない。これで息子たちを含めて全員、車を持たないことになります。今どき珍しいかもしれません。新しい家は北野町2丁目。観光マップのデンマーク館の斜め上10mにあります。小さな敷地に立つ3階立て。まあ、普通の家とは少し違うデザインです。完成すれば二日間のオープンハウスを予定していますが、引越し後は、家内の体調を考えて、一切の見学や訪問をお断りいたしますので、あしからずご了承下さい。

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