汝、健やかなる時も病める時も

例年30周年をむかえるギャラリーの記録集を作ろうとしています。過去の記録というよりも、30年たった今の立ち位置をしっかりと確認したいと、毎日、少しずつ文章を書いています。 振り返ってみれば、それにしても変な画廊です。偏屈な画廊です。 何が変かといえば、

日曜大工で画廊を初め、設計図がないままに増築を繰り返してきた。すなわち不法建築。
美術の正規の勉強は何もしていない。業界についても何も知らない。
有名よりは無名。  正統よりは異端。 中心よりは辺境。
「ストック」よりは「フロー」 。要は儲けることへの違和感。
作家とともに生きる 。「売れない」時も「不調」な時も共に在る。
依存よりは孤立。  寄りかからず。
30年を振り返りながら。これは理念というよりは、もはや自分でも制御できない本能だと苦笑してしまいます。

制御できない本能

こうした自分をもてあましながら考え込んでいます。日本的に言えば美徳でもなんでもありません。なにしろ「和をもって尊しとする」風土で、絶えず「異議申し立て」をするのですからね。著名な精神科の臨床医師が「不適合能力に優れている」と診断したのですから。  この気質、この制御不能の本能はやはり、先祖からのDNAのようです。少なくとも両親からの遺伝であることは確かです。父の「無欲」、母の「奉仕」。そして息子たちを見ていてもそれを感じます。  でも、振り返ってみれば、素晴らしいスタッフに恵まれ、素晴らしい出会いに恵まれてきました。  作家との付き合いも、ほんとに長くなりました。ほとんどが無名の頃に付き合いはじめ、認められてきた作家も出てきました。コレクターは気に入った作品だけを選んでいれば済みますし、評論家は言っておれば済みますが、自分が選び、関わった作家はそうはいきません。すでに身内であり、人によれば伴侶みたいなものですから、「汝、健やかなる時も病める時も」と神前に誓ったようなものなのです。

生きている証としての作品

関わっている作家の多くは経済的にも恵まれない中で、描くことしか自分の居場所がないと思っています。希望に向かって希望もなく。そうした作家たちと「共にいたい」と思ってきました。すでに評価が定まった「物故作家」の売買を生業とする気にはどうしてもなれないのです。今、身を削って表現に命を燃焼させている目の前にいる作家は、どんな巨匠の名画よりも尊いと感じるのです。彼等が巨匠になる可能性はないかもしれません。あれば本当にうれしいです。でも一回限りの人生を、それなりの形で納めて差し上げたいと思って、晩年、没後まで関わらせて頂いています。かけがえのない、生きている証としての作品を、きっちりと、それなりの居場所を見つけてあげたいと思っています。

画廊、30年の平面図

作家が真剣に作品に向かい合うように、私にとって画廊は自己表現・作品かもしれません。 書店の仕事も大好きでしたが、画廊は35才の時に、手探りで、日曜大工で始めて、増築を繰り返してきたもので、どんな時でも励まし、支持してくれ、肩書きを嫌う私に代わって代表を務めてくれている家人との人生そのものが刻印されているように感じます。 今、こつこつと書いている30周年記念誌は、迷路のようになった「平面図」を描く試みだと思っています。派手なことは何もしません。

節目として「記録」を作ること。
石井一男さんに、ずっと前に約束した「画集」を出すこと。
アーティストを支援するための「神戸文化支援基金」を作る準備として2百万円を寄付します。 15年前に(公)亀井純子文化基金を設立しました。アーティストを支援する草の根基金です。この基金の拡充を 模索しましたが、こうした小さな基金をいくつも作って、その集合体をマンションならぬ「文化集合住宅」としようと 結論しました。将来は財団か特定公益法人化を目指したいと考えていますが、当面は、その運営は(公)亀井  純子文化基金の運営委員会に委ねたいと思います。
西神中央に出来る彫刻庭園と仁川学院のモニュメント建設を無事に完成させることなどが課題です。
来年の1年間はギャラリー島田の二つのギャラリー(B1Fと1F duex)での展覧会はすべて30周年記念展ということになります。是非とも、ご期待下さい。

ちょっといい話

11月4日(日)の朝日新聞に「補助線」というコーナーがありました。 副題は「銀行の貸し手責任を読み解く」。バブルの時代に銀行が貸付競争をし、善意の人に不動産やマンション投資を煽った。そしてバブルがはじけると一転、冷酷に回収にまわり、多くの借り手が追い詰められ、人生を狂わされた。 煽ったあげくに「自己責任」と涼しい顔。銀行(ここではみずほ銀行:当時第一勧業銀行)の支店長と借り手の息子が大学で同級生という悲劇でもありました。貸し手責任はないのかという趣旨でした。

■ぼくは賢いから
こんな話には乗りませんでしたが、ほんとにこの手の話は多かったし、周りでも乗ってしまってひどい目にあった知人が沢山います。マスコミだって同罪です。商店街でも連帯融資を持ちかけ、銀行はリスクをとらず甘い話で融資を持ちかけ、元町でも老舗が大きな被害を受けました。ぼくはこの仕掛けのいかさまに気づいて抜けて事なきをえました。 今また業績競争の中で知的な詐欺が仕組まれていることを危惧します。

■ぼくはアホやから
でも、ぼくも土地神話に惑わされ、岡山の別荘地を買いかけたことがあります。現地まで行きました。たかだか6百万円くらいのことですが。そして買う気になって第一勧銀に相談に行きました。 山本さんという担当者は話を聞いて「やめとかれた方がいいですよ」「お好きな絵でも買っておかれたら」と諭してくれました。奥さんが絵を描かれていて、ご自分も好きだという話でした。その通りにしました。感謝しています。 同じ銀行でも、こんなに違いがあるのです。

■アホから学ぶ
甘い話には罠がある。乗らないことです。銀行に貼られている「貯蓄から投資へ」もうさんくさいです。国や県・市、銀行や企業は失敗の責任を市民に回さないで欲しい。それこそ自己責任と自覚して欲しいですね。ぼくは「身の丈の生き方」を選びました。

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