「動植綵絵の感動」

- 伊藤若冲 動植綵絵について 2回に分けて掲載 -

余りに強烈な印象が未だに余韻を引いています。たぶん私は今生で再び見ることはない貴重な機会でした。京都・相国寺・承天閣美術館で開基足利義満600年記念として開催された「若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵120年ぶりの再会」展のことです。大変話題になったので、ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。
 私は幸い展覧会終了後にゆっくりと拝観する機会を頂きました。近づいて目を皿のようにし、引いて全体を眺め、再び仔細に眺めながら一点一点拝礼してしまいました。「釈迦三尊」の大幅を正面に、両側に15幅ずつ、すべて対になっているのですが、43才から54才まで12年もかかって完成した動植綵絵、最初から全体が構想されていたのだろうか?と不思議に思い、また余りに会場構成が完璧なのもかえって謎でした。後から図録を読み、関係者からお話を聞きました。当初は対では考えていなくて、水墨画も含まれていた。最終的には対で構成されたようです。
 全体が33幅で構成されていることも重要な意味がありそうです。三十三間堂が本道の柱間が33あることは良く知られていますが、その33は「法華経」にある観音様が33の姿に変じて衆生を救うという「33応身」に依っているようです。そして動植綵絵を寄進した明和7年(1770年)は若冲の父の三十三回忌の年でもあったのですね。実に周到ですね。

若冲の天

廃仏毀釈の大きな波に飲まれて窮乏した相国寺が寺宝だった「動植綵絵」を皇室に献上したのは明治22年(1889年)3月。それに対し金1万円が下賜され、それが相国寺を救ったのでした。「釈迦」と「綵絵」が120年ぶりに再会したのです。そしてその再会を果たすために25年前に有馬頼底さん(管長:当時文化部長)が承天閣美術館を用意したのだそうです。
若冲の名前は彼と親しかった相国寺第113世、黄檗僧大典顕常(だいてんけんじょう)によるが、その由来は大盈(ダイエイ)は冲(ムナ)しきが若(ゴト)きも、其の用は窮(キワ)まらず大きく満ちているものは何もないように見えるが、その働きは窮めることができない絵のほかは何も出来ないという若冲の天才を的確にいい当てています。
動植綵絵はどれも素晴らしい、とりわけ精緻を尽くした鶏群像に見とれますが、わたしは地味系の百足や毛虫、お玉杓子などを描いた「池辺群虫図」や「蓮池遊魚図」に惹かれます。山川草木悉皆成仏(みんな仏さんだ)を感じます。

若冲はミケランジェロ

別室には鹿苑寺大書院障壁画や墨による作品の数々がゆっくりと見られます。鹿苑寺とは金閣寺のことで足利将軍家ゆかり寺、そこの大書院の障壁画を若冲が任せられたわけで家人は「若冲はミケランジェロね」と穿ったことを言います。教皇ユリウス2世にシスティーナ礼拝堂の天上画を任せられたことに重ねているのです。なるほど。そして二人とも当時としては驚くほど長命。
若冲85歳、ミケランジェロ89歳。そういえば北斎も89歳。北斎が「画狂人」なら若冲は「画遊人」ミケランジェロは「画聖人」ですね。
若冲は「余白恐怖症」と思うくらい過剰なまでに絵で埋め尽くしていますがミケランジェロの天上画も同じことを感じます。さらに牽強付会(むりにこじつける)すれば、驚くことに「天地創造」も33に分割された画面から構成されており、描かれた面積も40m×13m=52㎡とほぼ同じなのですね。時代を300年へだてたなんたる付会!!

売茶翁が好き

売茶翁高遊外の筆による一行書が掛かっていました。「丹青活手妙通神」とある。丹青とは色彩のことで、若冲の技は神に通ずると激賞している。
私は売茶翁のことは中村真一郎の「木村蒹葭堂のサロン」で、ユニークな名前とエピソードで良く覚えていたのです。売茶翁はもともと僧侶ですが『対客言志』一篇を書いて、脱禅宣言。名も高遊外というふうに変え、遷か(せんか)という茶具を入れる担い篭を担いで茶を売って飢えをしのいだ。そこには「茶銭は黄金百鎰(一鎰は二十両)、半文銭まではくれ次第、ただ呑みも勝手、ただよりはまけ申さず」と貼り紙をしていた。その姿勢は痛快きわまりない。憧れますね。翁は八十一歳でこの売茶の生活を打ち切ります。
この際、長年用い歩いた遷かを焼き捨てます。しかし、茶具の一部は親交の厚かった蒹葭堂(けんかどう)に譲り、「売茶翁茶具図」として世に残されています。こうして道具を火葬に付した翁は、九年後に命が尽きました。
蒹葭堂が譲り受けた茶具を私は2003年の「なにわ 知の巨人 木村蒹葭堂」(大阪歴史博物館)で見たのです。
しかも迂闊にも売茶翁像が2幅かかっていてそれが伊藤若冲筆のものとは知りませんでした。
 一方、若冲も居士(在家の禅の修行者)として地位や金銭には恬淡としていて『斗米翁』と名乗り、作品一点を米一斗と交換した。尊敬する売茶翁に倣ってのことだ。彼等と親しかっ大典和尚との三人の交わりのなんと美しいことか。