「紫陽花に」

さすがに6月も後半になると雨の日が多い。今年はぐずついた日が多く、入梅が何時だったかも定かでないが、いよいよ梅雨最盛期だ。家人に芥を棄てに行くよう頼まれて傘をさしたまま玄関の脇につづく紫陽花に見とれてしまった。萼(額)紫陽花なのだが花弁に見えるのは「萼(がく)」で花はその中の小さなマッチ棒の先が集まったような部分らしい。その小さな頭の色がまた様々で白、緑、紫、そしてそれぞれに濃淡がある。点描画の名手スーラですらこれほどのニュアンスは出せない。その頭が小さな華麗な王冠のように開花する。ドビュッシーの音の煌き。そして雨を受けて生き生きとした紫陽花はそれぞれが微妙に色彩を変え、グラデーションを変え、目を離せないほど鮮烈に自己主張をしている。萼にも様々な大きさがあるが、その一枚の萼の花ですら薄っすらと色を流したような変化があり見とれずにはいれない。
志村ふくみさんが「一色一生」のなかで”咲き誇るあでやかな花の色のすぐ傍に、凋落の兆しがある”"植物の命の尖端は、もうこの世以外のものにふれつつあり、それ故に美しく、厳粛でさえあります”と書かれていたのを思い出しました。少なくとも60才を超えるまで、このように花を見てこなかった。こんなにじっと見つめていなかった。花は花という存在として感じ、それぞれの命を見てこなかった。
多分、人間も。
向かいには紅紫の五月(さつき)が咲いているが、雨の日は紫陽花の前に、うなだれるだけだ、我にかえって家に入ると家人がいったい何処まで芥を棄てにいったのかと訝る。人も花も音も絵も丁寧に見よう。
ようやく見えてきたことを大切にしよう。

「蝙蝠、気炎をはく!!」

 神戸大学での3回連続のアートマネージメント講座を終えました。国際文化学科の藤野一夫教授の依頼で「ギャラリー経営論」を話したのですが、私の経営などは全く特殊ですから参考になったのでしょうか? 社会人を含めて40人を超える受講生が熱心に聴いてくれたのですが、周到に準備したレジュメを結局はなれて3回とも独演会をやってしまったのでした。まあ、怪気炎といったところ。
第1回は、ギャラリー島田のサロンに出演してくれたチェリストのヘーデンボルク・直樹さんが黛敏郎の無伴奏チェロのための「文楽」という曲を演奏してれ、、第2回はギャラリー島田での講義となかなか趣向に富んだものでした。
若い人に伝えておきたいことを心を込めて伝えたつもりですが・・・。

追伸:受講されたうち学生39名からのレポートが届きました。皆さん、しっかり受け止めて書いてくれて、藤野教授からも「学生たちには大収穫でした」と手紙を頂き、感激。これから採点ですが全員満点をあげたい気分です。

「一匹羊とフランスへの旅」

詩人で芥川賞作家の清岡卓行(きよおか・たかゆき)さんが3日午前6時40分、間質性肺炎のため東京都東村山市の病院で死去した。83歳だった。朝日新聞の「惜別」に「時代にこびない一匹羊」とあった。優しいなあ。ぼくは一匹蝙蝠だ。
私にとっての清岡卓行とは「マロニエの花が咲いた」である。1999年に刊行された上下2巻、1200ページという大冊である。パリ・モンパルナスにあつまった芸術家たちの青春群像を描いて見事です。今年生誕120年を迎え大規模な展覧会が賑わっている藤田嗣治も主役の一人です。7月10日からのフランス行きのテーマの一つが「マロニエの花が咲いた」に導かれてモンパルナスをそぞろ歩くことです。

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