2006年1月1日(4日目)
いつもなら正月はゴロゴロしながら駅伝やサッカーなどのTV観戦で酒呑んでるんですが、2006年の幕開けをNYで迎えるなんてね。 

9:00出発
 メトロでワールド・トレードセンター・グランド・ゼロへ。
地上へ出ると300m四方がぽっかりと空洞のまま。フェンスから覗き込むと蟻の穴のように見える地下層。アメリカの威信を賭けた地上600m(世界一)を目指す再開発も頓挫しているそうだ。世界一を目指したホリエモンもあっというまに転落したがワールド・トレードセンターの崩壊も十数秒だったそうだ。ここを発信源とする憎悪の連鎖、品性の感じられないアメリカ政府首脳部。今年はグローバリゼーションの負の遺産―格差増大、拝金主義、虚業化、資源の消尽、等々―が顕になる気がします。グランド・ゼロは「原点回帰」のシンボルゾーンのはずなのに、覗いてはいけない、とんでもない人間存在の漆黒の闇をみてしまった。あの空洞が私の内部に巣食ってしまったようで怖い。
 過去に3回、NYを訪問しているけど自由の女神を見ていない。一度は見ておくかと新年で静まりかえったウォール街、シンボルである雄牛のブロンズ像の横を通ってスタテン島行きのフェリーに乗った。
スタテン島はマンハッタンの真南、メインハーバーの先にある島です。マンハッタンの南端、バッテリーパーク(Battery Park)から出航するスタテン島フェリーで25分。なんと無料なのです。このフェリーからニューヨークの摩天楼と自由の女神を眺めようというわけで、スタテン島へ着くと、多くの人がそのまま折り返しの列へ並ぶのがおかしですね。でもただで50分の観光はうれしい。
昼はユダヤレストランKatzでアパソラミ・サンドとピクルス。昔ながらの食堂といった感じでナポリのピッツェリア「ダ・ミケーレ」を思い出しました。剛がジューイッシュのことにしばしば言及し、ここへ連れてきたのもNYではこのことが避けてとおれない現実に触れさせるためでした。もうすこし食べようと中華街へ。もの凄く込み合った店でパリッと焼きあがった鴨肉の腿が丸ごと乗ったような麺が実に美味。
 そのあとシティーホール・パークを通ってブルックリン・ブリッジを歩いて渡りました。
田村孝之介先生がここを描いた大きな作品を持っていたことがあって懐かしい。
摩天楼を振り返りながら30分。天気もよく気持ちがいい。渡りきって地下鉄にのりpratt institute brooklyn campus へ向かう。陽がどうしても見たいというヘルシンキの現代美術館などを手がけたスティーブン・ホール設計の建築を見るためである。この大学に造形学科があるらしくキャンバス内に面白いオブジェが様々に置かれている。目的の建物はアネックスでようやく探し当てるが、中は見せてもらえなかった。古い建物を現代風に改築したらしいが、あまりピンとこない。
地下鉄でSOHOに戻り散歩とショッピング。15年以上前はこの辺りが倉庫街で、広いスペースを低い家賃で借りることが出来、多くのギャラリーが集積した。そこにアーティストやクリエイティブな人たちが集まるようになってきて新しい商業集積を呼び込み、家賃が上がってギャラリーは今度は、倉庫や工場があって衰退していたチェルシー(CHELSEA)へと移っていったのです。夜はコリアンタウンでまたまた超混み合っている韓国レストランで山賊の酒盛り。 

1月2日(5日目)
 雨。午前中は5番街などでショッピング。私は一人でMoMAへ再び。
今回はクロークのお世話にならないようにして、すんなり入場。相変わらずの人ごみ。
前回、見られなかったフロアを中心にゆっくり見る。3Fでオディオン・ルドン展「Beyond the Visible」。ルドンのモノクロの異教的で病的な幻視のイメージは萩原朔太郎の詩や田中恭吉の絵の世界へとつながり、色彩溢れる花だってルドンの手にかかると「咲き誇った今」においてすら「枯れ死」を内に含んであることに気づく。MoMAの100点にも及ぶ比類のないコレクションに脱帽。6Fの特別展「Safe design take on risk」というのをやってました。Tunamiというコーナーもあり震災を思い出してしまいました。それと[Elizabeth Murray]展はさっと見ただけ。入場料は20$と安くないけど2万点に上るフィルム・メディアのコレクションが毎日二つの劇場で上映され、ショップも充実していて、知的遊園地として凄い。谷口さんの建築に注意を払いながら見て歩き、ショップで買い物をして、寒く、暮れなずむ街をぶらぶら歩いて、ホイットニー美術館によって帰宅。
 夜は恵美さんの手料理を美味しく食べて、徒歩5分のジャズクラブ「iridium」へ。
90才の伝説的ギタリストでエレキギターの父と呼ばれるLES PAULとHIS QUARTET
のライブへ。50$のうち30$が飲食代だそうだ。すべてを剛がやってくれるので、楽ちん極まりない。ステージそのものは70分くらいで軽妙なトーク(ほとんど分からないが下ネタらしい)に笑いころげながら見事なものでした。どこの国を旅しても単語羅列英語で通してきたのに本場英語が分からない。先方は英語が出来ないということは想定外だからね。

1月3日(6日目)
 昨日は気分よく寝る。ふと眼が覚めると外がやけに明るい。家人に「何時?」と聞くと、時計を見て「7時半」という。いつもより寝過ごしたなと「風呂に入ってくるわ」。頭も洗っていい気分。部屋に戻ると家人と陽がクックと笑っている。なんと時計を逆さまにみて、まだ 1時半だという。寝直し。
夢のようなNYも最終日。
10:00
チェルシーのギャラリー回り。チェルシー地区は、9番街から西側23丁目下から14丁目あたりのことをいいます。ギャラリーが集まっているのは、10番街と11番街の間、下は19丁目、上は27丁目付近。この地域にはゲイのアーティストが多く、ゲイの街、アートの街としても有名だ。11番街24丁目角のガゴシアン(GAGOSIAN)やメアリーブーン(Mary Boone)はお休み。残念。空いていても展示替えも多い。規模が大きいので展示も重機が入っていたりして、それはそれで興味深々。ほとんどが映像を含めた現代美術。どのように経営を成り立たせているのだろうか。ギャラリー島田で取り入れるべきところを学ばせてもらった。
こうした場所に建築空間としても面白いコム・デ・ギャルソンの店があったり(ジャケットを買う)、高架下商店街のような場所を入っていくとチェルシー・マーケットといって古い市場の建物をモダンに改装し、現代美術と融合させながら北野工房の大規模版を展開。ちょうどお昼時で大変賑わっていました。確かにアートが街を変えていき、価値を高めているのです。
先日、行ったDIA:BEACONの本拠もここにある。そしてNew Museum of Contemporary Art / Chelseaへ。SHOPには荒木経惟や奈良美智が目立つ。入り口に建築模型が置いてあって見ると、ここの新しい美術館を建築ユニットSANNA(妹島和世・西村立衛のコンビ)が手がけるらしい。SANNAといえばガラスで囲まれたUFOのような金沢21世紀美術館を思い出すが、バレンシア近代美術館(スペイン)そしてルーブル美術館分館(フランス)も任されるというから谷口吉生さんといい、日本の建築家は凄いですね。ガラスを多様した空間は外と内の境界を感じさせない、隔たりを越えていくという現代的なコンセプトを感じます。

16:30帰宅。
 夜はメトロポリタンオペラへ
せっかく初めてメットのオペラを見るのに「ヴォツェック」とはね。私が名乗っている喜歌劇「こうもり」だって見られたのですが。このオペラのストーリーといえば全く徹頭徹尾救いがないのです。貧しく無学な兵卒ヴォツェックが、生活苦や内縁の妻の不貞が原因で狂気に陥り、とうとう彼女を殺して自分も死んでしまうという悲惨なもの。作曲家アルバン・ベルク(1885~1935)が1914年に詩人ビュヒナーの戯曲を見て感動し、そのオペラ化を決意してから11年半もかかって初演が実現しました。しかも無調音楽でメロディーらしいものも皆無。ほとんで幕間なしの90分。高いお金を払って行くには短いのです。
 初演は1925年。惜しまれつつ亡くなったカルロス・クライバーのお父さん、エーリッヒ・クライバーが指揮しました。初演にいたるまでなんと137回の入念な練習が重ねられた、とも言われています。
 こんなに悲惨で難解なオペラが傑作として何度も上演されるのは、やはり現代と正面から向かいあって、無調でありながら叙情性から劇的表現に至るまでドラマと緊密な必然性を感じさせるからです。ウィーンフィルとクラウディオ・アバトのLDを持っているのですがこれも名演です。今回はジェームス・レバインの指揮。見終わって、やはりこの不条理なオペラに涙したのです。
メトロポリタン・オペラ劇場はフィリップ・ジョンソンの設計。優雅にして機能的。でもデジカメも禁止。盗み撮りしました。
 10:30に帰宅。驚いたことに響子が起きて待っていた。オペラに行く前に、明日は早いからと、お別れをしたのだけど、頑張って起きていたようだ。改めてグッドバイ。
1月4日
 朝5時にタクシーを呼んで空港へ。チェックインが手際が悪い。早く着いたのでなんとかなったが、そうでないとハラハラするだろう。ダラスまで3時間のフライト。乗り継ぎガ50分。これもぎりぎり。とうとう荷物は積み替えされずに二日遅れでの日本帰国となりました。

NYで感じたこと
ぼくにとってNYもTOKYOも別世界である。いつの時代も「豊かさ」の象徴であり続けるNY。すべてが頂点へ向かって昇っていかねばならないという強迫観念が摩天楼やグランド・ゼロ再開発となる。NYですら周辺に衰退地区を抱えながら一極集中をしていく。人間てなんてバランス感覚の悪い生き物なのだろう。
今日(1/28)「ボーイングを捜せ」という映画をみた。9・11がアメリカの自作自演と疑われるのです。ありうることだ。アメリカを中心にして世界は暗転していくように思われてなりません。お金、権力、地位への欲望の連鎖。ひたすら昇りつめる虚飾の世界の象徴。片や3秒に一人づつ貧困のうちに死んでゆく現実。そこをどう生きるのか自分に問いかけねばなりません。ぼくはMoMAが大好きなのだけど静かなMIMOCA(丸亀市立猪熊弦一郎現代美術館)も土門拳美術館だって大好きです。(どれも谷口さんの設計ですが)。
 豪華なメトロポリタン・オペラで貧しさと狂気の不条理な「ヴォツェック」を見て感動し、ギャラリー島田での板橋文夫のジャズライブ「祈り」に感動する。その落差のなかで
自分が生きていく座標軸を確認しなければ、この感動は「ひと時の快楽」ということすぎません。息子や孫のお陰でNYにも来る気になれました。狭窄気味の視野が多少、広がりました。

一緒に行った陽のNY紀行は、島田陽設計事務所のブログで写真付でご覧頂けます。