朝のシャワシャワとした冷気を感じながら開け放った窓から山の木々をみると、夏の名残の強さと、秋のはしりの内へ沈んでいく愁いを含んだ緑がせめぎあい、だんだんと紅に染め上がっていく気配です。今日の空は、どこかへサラッと抜けるような青さに紗を曳いたような戸惑いを見せています。ゆっくりと下っていくのでしょうか。鳥たちの囀りを聞きながら、ぼんやりと今日のこと、明日のことなどを考えています。 時間を追い越すように生きてきて、昂ぶった神経にうっすらと皮膜が取り付いたような疲れが取れない。草いきれのする道や、暮れなずんでゆく西の空が刻々に奏でる壮大な光彩のシンフォニー、ゆっくりと蒼穹を覆いつくし、眼を凝らせば見えてくる星々。そうした休止符が、余白が大切なのですが、でもぼくの頭には、もう何年も、通奏高音と呼ぶような耳鳴りが住み着いているようで、安息には至らないのです。
「こんな、ミュージアムはいらない」
 見事な秋晴れの一日。10月1日にオープンしたばかりの兵庫陶芸美術館に遊んだ。肌にあそぶ陽も心地よく、虚空蔵山の深い緑に黒瓦白壁のゆったりとした建物が映える。
 でも私は緊張しきっていたのです。その日、ここのセミナー室で関西の美術館博物館関係者45名を前にして「こんなミュージアムはいらない」という講演の依頼を受けていたからです。日本博物館協会近畿支部の研修会なのでした。話は兵庫県美から頂いたのですが、美術館巡りが趣味の私は、はじめ「こんな美術館に行きたい」と演題を出しました。しかし、冬の時代を迎えたミュージアムの危機に際し超辛口で、というリクエストを受け、「こんなミュージアムはいらない」に決まったのです。
 キイワードは「儲からん美術館はいらない」。関係者の痛いほど白い視線を浴びながら、言いたい放題の一時間と活発な質問。まあ楽しくやりました。勿論、単純に収入を上げろという話などではありません。逆説です。危機こそがチャンス、自らを鍛えるのです。でも、愛情溢れる話になってしまいましたね。「儲かった一日でした」と感想を頂きました。

兵庫陶芸美術館 JR:福知山線「相野駅」下車。兵庫陶芸美術館行きバス
079-597-3961  HPは http://www.mcart.jp

野見山暁治さんのお話

 風月堂さんのサロンで野見山さんのお話を聴いた。野見山さんとは窪島誠一郎さんとのご縁で、一緒に飲んで、踊ったことがある。もっとも踊ったのは野見山さんで、ぼくと窪島さんは、あっけにとられて見ていただけのような気がするが、踊ったかもしれない。ギャラリー島田のハンター坂を下りて左手に「グラン・ミカエル・イ・ダーコ」というチリ・レストランがあり、そこのママがうんと若い頃、スペインで野見山さんと親しかったそうで、イ・ダーコでしたたか飲んだのです。  

名エッセイストとしても知られていますが、お話も同様、飄々としながら、理屈でなく自然は恐ろしいがゆえに美しい。西洋絵画における自然は完璧に構成されたもの、東洋においては一瞬の美を気韻といったもので捉えるなどを分かりやすい言葉で納得させるのはさすがです。「四百字のデッサン」や「一本の線」などのエッセイも楽しいですが、ここでは新川和江(詩)とのコラボレーション「これは これは」(玲風書房)から野見山さんの素敵な絵を無断借用します。

ふーむの歌 

ふ-む ふーむ 花の中にもふーむ 

けむりの中にもふーむ

空にも 海にも 陸地にも ふーむは どっさり住んでいる