「冬の標(しるべ)」

 陽春かと思えば、キーンと冴え月。東大寺の「お水取り」までは、やはり寒暖の定まらぬ日々。小西保文展の最終日は淡雪が舞い、奈良吉野に帰られる先生を案じましたが、お別れ難くワインを飲んでいました。まもなく櫻の開花です。山際の我が家にも、ギャラリーにも「鶯」が春を告げています。そして“いかなごのくぎ煮”が全国へ春の便りを届けます。こんな話をしているとオーナー(家人)が「山も笑ってる」といいます。皆さんには遅ればせながら「天音堂」さんにならってギャラリー島田も家人がオーナーで、私がボスと呼ばれることになったのです。  震災10年や執筆で、心も感情も揺れる日々でした。すべてが自分への問いかけとなり、嘆息ばかりです。音楽も美術も文学も、私にとっては慰めに遠く、時に刃です。 3月1日発行のWeb Magazine『論々神戸』に「11回目の冬。震災関連行事を鳥の目と虫の目で観る」を寄稿した時に、私の文の前に編集長の渡辺仁さんが「読者の皆様に」と題して、50代の知人、三人の死に触れた文を書いていました。何か切迫した気配があって記憶の片隅に留まったのです。その中にジンさんの好きな作家として乙川優三郎さんの名がありました。
 それから数日して元町の大きな古書店にふらっと立ち寄ったら、比較的綺麗な状態の乙川さんの本が2冊、目にとまったので、迷わず2冊とも買いました。最初に読み始めたのが「冬の標(しるべ)」で、これが良かった。   
 幕末の小藩の武家に生まれた明世という女性が勤皇派、保守派の政治的対立を背景に、封建的な因習に翻弄されながら画家を志して生きる姿が、明世が描く墨絵を見るような情感溢れる文章で綴られていきます。人物模様それぞれに魅力的ですが、やはり、女性が絵を描くというだけで白眼視される時代に、最後は家を離れ、家族を捨てて孤独な絵の道へと旅立っていく姿が、凛として美しいのです。   
 乙川さんはひたむきに生きることの切なさ、辛さ、哀しさ、であるがゆえの美しさに溢れています。  
 時代を今と重ねてみても、事態は危機的な状況にあることに変わりはありません。豊かになった分、眼を逸らすことが出来、その分、魅力的な人が減り、絵画も色褪せてきたということでしょう。絵の道で迷い暮れている画家の皆さんも是非、読んでいただきたいと思います。