「文豪たちの大喧嘩」

 私の数少ない趣味はといえば、本を買うことである。元町にある本屋(海文堂書店)をしていた時は幸せであった。広大な書庫を持っているようなもので、読みたいときに手にすることが出来た。しかし、今は、本屋に行く時間がない。あれば必ず行く。新聞や雑誌の書評欄を胸を躍らせて読む。 「買うのが趣味」と書いたが「読むのが趣味」と書けなかった。読みきれずに積まれていく本の方が多いからだ。 最近読んだ本では谷沢永一の「文豪たちの大喧嘩―鴎外・逍遥・樗牛」が面白かった。25年前、開高健が谷沢さんにけしかけて、1981年から「新潮」に「近代文学論争譜」の隔月連載がはじまり、中断をはさんで、昨年、ようやく単行本として刊行された。なりふりかまわぬ文豪たちの攻守転々、三つ巴の大喧嘩を、これまた歯に衣をきせぬ怖いものなしの谷沢さんが切って捨てるのだから、ほんまに面白い。  とりわけ医者で大文豪・鴎外がエリートの尊大さまるだしで「説諭・訓戒・叱責」を垂れる化けの皮が引き剥がされていく様。鴎外が噛み付いた坪内逍遥を弁護する論陣を張った俊英・高山樗牛が、こんどは逍遥に挑んでいく戦法が、また鴎外のように自分のイデーを絶対として、一刀両断しようとするが、懐の深い逍遥に阻まれた上に、死後、言葉を尽くして粉砕される様など、後世からみれば、それぞれのまことに人間くさい「素顔」が見え、論争の中身より、喧嘩のしかたの方が、よほど面白いのである。    鴎外は桁外れの勉強家、エリート・教養人であったが、嫌味な人でもあった。官吏の道と文藝の道の両方で頂点を極めようとし、様々に画策する。私など、もっとも嫌いな種族に属する人で、その尊大なエリート意識が、文学としての豊かな人間的情感、想像力を発達させず、もってして衒学的(ペダンティック)な歴史小説へ走らせ、漢語、漢詩の羅列のごとき長大な史伝を書かせたと、私は勘ぐる。    吉村昭の「白い航跡」は、海軍軍医、高木兼寛の伝記なのだけど、ここに高木の敵役としての鴎外が登場する。  高木は日本海軍の脚気発生の原因(白米食偏重)を突き止め、それが日清戦争の諸海戦,そして日露戦争の日本海海戦の圧勝の大きな原因でもあった。海・陸軍人戦病死の最大原因と恐れられた脚気の予防法確立に生涯を捧げ,かたわら東京慈恵会医科大学を創立した人類愛にみちた人物なのだが、  鴎外は陸軍軍医の立場から、高木の説を無視、圧殺し、それがために日露戦争において陸軍では戦死者よりも戦病死者の方が遥かに多かった。  鴎外が逍遥に美学の訓戒を垂れるのは水戸黄門の印籠のごとき「ハルトマン美学」であり、高木兼寛には「西欧医学にかかる証明なし」という、西欧絶対視であり、どちらも鴎外が間違っていることが後世に証明されていく。