「母からのDNA」

 友人のTさんが、別荘を建て、お招きにあずかった。明石海峡が目前に広がる海沿いにあり、その眺望とお酒とご馳走と極上の会話に時を忘れた。Tさんは父親を早く亡くし、母親の寵愛を一身に受けて育ったという。そしてお母様が亡くなられる前の一年間は献身的にお世話をされたそうだ。
 先ほどまで薄日がさしていた空から雨が落ちてきて、外は一気に夕闇に包まれた。ぼくは母のことを思い出していた。ぼくが、ぼくであることを分からなくなってしまった母のことを。硝子を伝った滴(しずく)が、海峡を渡る船の灯りを滲ませ、心に染みとおった。
 私の親や息子達に対する距離感は普通よりも遠く、親孝行とも子煩悩とも無縁であったことを少しの痛みを伴って思い出した。
 もの心ついたころから母はずっと「幼児生活団」という教育の奉仕活動を続けていた。 震災後、母の家で書棚の「東北セットルメントの記録~昭和9年―昭和14年」という本を拾い読みして、若き日の母の姿をはじめて知った。
 羽仁もと子の自由学園に学んでいた母は、東北大飢饉が起こった時に、自ら志願して秋田県の農村に入ったという。そこは上野駅から東北本線黒沢尻へ、そこから何度も乗り継いで、一昼夜を要する生保内(おぼない)という村であった。母がまだ10代の、昭和10年から12年にかけて、まだボランティアという言葉がない時代のことである。
 母は記憶を失ってからもベートヴェンの第九“合唱”をドイツ語で諳(そら)んじて歌うようなモダンな人だったので、この事実には驚いた。
 どうしても社会人、組織人としての枠に納まりきれずに、世間との関わりを求めていく原点を探れば、母のこのDNAにたどり着くことを痛切に感じる。思えば、彼女の生き方は一貫していて、それに気付かぬままに、私もまた同じ軌跡を辿っているのだった。碌に見舞いにも行かずに世間様を優先してしまう不肖の息子を母は許してくれるだろうか。
(去年より神戸新聞に毎月1回、エッセイを連載してきました。これが最終回なので、通信に再録させていただきました)

蝙蝠日記II

「神戸魂 世界へ」

 ヴィッセル神戸の激励会へ行って来た。今までと打って変わった熱気に包まれた会だった。このところ縁があって、ハシェック監督、パベル・コーチがギャラリー島田を訪ねてこられたり、レストランで三浦泰年、知良さんと隣り合わせになってご挨拶したりした。 ヴィッセル神戸の新しいオーナーである楽天社長の三木谷浩史さんとも何度もお会いしたり、やりとりしている。すべては父君の三木谷良一(神戸大学名誉教授)さんとのお付き合いからである。
 ヴェンチャーの旗手、三木谷浩史さんには、さすがに凄いオーラが出ている。 「ヴッセルで神戸が元気になればいいですね」とメールをいただいたが、ほんとにそうですね。ところでヴィッセル(Vissel)とは、どういう意味だろう。 Victory(勝利)とVessel(船)との合成語だそうである。
「今年は、上位に」「来年は初優勝」『三年目には常勝チームに」との明確な目標を掲げての船出である。
 初戦の逆転勝ちには感動しました。
「夜会・ぼたんの会」も、このビッセルを応援する熱気あふれるパーティーとなります。 三木谷浩史さん、統括マネージャーの三浦泰年さん、神鋼ラガーマン、元全日本代表の林敏之さん、平尾誠二さん(予定)。ヴィッセルのプレイヤーも。(イルハンは来るか…?) おもてなしゲストも歌手の深川和美さんをはじめとする豪華ゲストです。 詳しくはチラシをご覧下さい。今すぐご予約を