加藤周一 講演と対話のつどい
「私たちの希望はどこにあるのか 今、なすべきこと」
■9月21日(日) 14:00~16:30
  神戸朝日ホール  前売り 一般/¥2,000 学生/¥1,500

 現代の知の巨匠、加藤周一先生を神戸にお迎えして講演と対話の集いを開催します。 今まで少人数の勉強会には参加させて頂いていましたが、どうしても、もっとたくさんの方に先生のお話を聴いていただきたいと、私のたっての願いで実現致しました。
加藤先生は芸術・文化はもちろんのこと、政治・思想・宗教・歴史など全般にわたって深い見識をもっておられますが、今回は広く文明的な視点から、20世紀を生きてきた証人として、これから21世紀を生きる次世代へ上記のタイトルのような視座をお話いただこうと考えています。加藤先生は1919年9月19日生まれ。ちょうど84才を迎えられます。この機会を逃がすことなく、ご参加を下さるようお願い致します。     
チケットご予約下さい。当日、会場渡しも可能です。

忙中旅あり  イタリア編
行方不明となった鞄

 コペンハーゲンを発ってミラノへ向かった。飛行時間は僅か2時間25分。あっと言う間だ。でも実際は、空港への移動、チェックイン、チェックアウトを入れると、ほとんど一日仕事である。でもコペンの空港は美しく、商業空間も充実していて、飽きることはない。
ミラノ・マルペンサ空港からバスで中央駅へ行き、列車で古都、クレモナへ直行する。
 ところが空港で、二つ預けた荷物のうち大きな鞄がいくら待っても出てこない。クレーム係は「不思議だ?」を連発するばかり。広い荷物受け取り場を何度も走り回った。
 ようやく遅延証明書を貰い、これからの旅程を告げて、バスへ駆けこんだ。 ミラノ中央駅からはヨーロッパ中、どこへでも通じている。日本のように改札はなく、シンプルな表示だけ。アナウンスもなく、出発合図もなく、いきなり静かに動き出す。自己責任などという大袈裟なことはいうまい。幼稚園児のごとく手取り足取り。かくして吾らは「茹で蛙」と化す。
 クレモナではドォモ(大聖堂)の横のホテルをインターネットで予約していたので、軽くなった荷物を持って、地図を片手に歩く。さすがに夏の日差しに汗がしたたる。 
 宿では英語も通じない。鞄がないので、どうしても必要な日用品を買出しに行く。 夕刻8時頃、少し涼しくなり。ドォモを見上げる屋外レストランで食事。無数のツバメが 空を駆け巡る。 クレモナはストラディヴァリウスやアマティー、グァルネリなど弦楽器製作の巨匠たちが名器を次々と生み出し、その伝統を今も継いでいる。
 次男の陽の知り合いで、神戸・垂水出身の若いヴァイオリン製作者、村井知子さんに案内してもらった。村井さんは楽器製作に憧れて、ここへ修業に来て7年半になるという。どこへ行っても挨拶を交わし、町の人たちから愛されていることが分かる。
 彼女の案内で、地元の人しか行かない、メニューのないレストランでズッカ(かぼちゃ)のラビオリなど美味しいランチを食べ、ストラディバリ博物館に行き、郊外の静かな古い教会を訪ねた。マエストロと呼ばれるマルコ・ノッリさんの工房を訪ね、楽器製作の工程などを教わった。マエストロとはマイスター(資格をもった職人)のことで、今回はお会い出来なかったけど朝来郡出身の松下則幸さんもここのマエストロである。
「神戸から来ました」というと即座に「チェロ・フェスティバルのところだね」と返された。’98年、’01年に神戸で開催された「1000人のチェロ・コンサート」のことである。
 「あれは僕の友人の松本巧さんが始めたもので、ぼくも最初から関わっているよ」と言うと、今度はマルコが驚いて、写真集とビデオを持ってきた。「今度はいつあるのか?」
「’05年に世界チェロ・コングレスとしてやる」と答えると「是非とも行くから、必ず情報をくれ」と言う。ちょっぴり誇らしさを交えて胸が熱くなった。
 前にアメリカで会った音楽家が「神戸ならジーベック・ホールが素晴らしいね」と言われて、この時もうれしかった。ポートアイランドにある音響メイカーTOAが運営する実験的なホールで、優れた仕事をしている。こうした独創的な仕事は、必ず地下水脈のように世界中に拡がって評価されていく。
 私たちは、なにかと飾り花のごとき借り物イベントを探してばかりいるけど、見回せばこうした私たちの誇りとする種子はまだまだあるはずだ。独創性を評価し、育てていく風土をもたないとこの街から根の生えた「ほんもの」は生まれてこない。
 私たちはクレモナからベニスに列車で行くのに、マントバ経由で行く予定にしていたのだけど、彼女のアドヴァイスで変更した。この切符の変更手続きがややこしい。さらに紛失した鞄を取り戻す交渉がややこしい。スムーズに出来たのは彼女のお陰である。
 ちなみに海外旅行保険に入っていたおかげで、荷物遅延に対して10万円を限度として補償が出るのをご存知ですか。結果的にはクレモナまで荷物を運んでもらい、必要品を保険で買ってもらった。得をした気分です。
 ベニスにて。
この美しい幻想都市「ベニス」に列車が近づいていくだけでも胸の高鳴りを抑えることが出来ない。車も、自転車もない、船と足だけがたよりの石畳の街。迷路と運河。栄華の跡の陰影にみちた叙情。海上の小国であるのに一度も侵略を許さなかった男たちの矜持(きょうじ)。徐々に沈下、水没しつつある危機を孕んだ美。
 ぼくはヴァポレット(水上バス)をなにより好み、朝に夕に、エンジンの音に包まれ、風を感じ、塩の香りを感じながら、この町をなめ尽くすように味わう。三日間を過ごした。
 サン・マルコ広場の夜は更けて 去年は8月の末にここにいた。毎晩、広場のここかしこで、ライブの演奏がある。 驚いたことに今年は6月と2ヶ月も早いのに、昨年と全く同じ顔ぶれでライブをやっていた。ぼくのお気に入りはヴァイオリン2本とベース、ピアノ、アコーディオンの5人組。 プロレスラーの如き巨体にいかつい顔をしたヴァイオリンのおっちゃんが、腕もあるが最高のエンターテーナーで、ともかく面白い。太りすぎのサラリーマンのおっさんが不細工にベルトをきつく締めたような白いワイシャツにグレーのズボン。太い腕で壊れそうな迫力で小さなヴァイオリンを弾きながら踊ったり、女のごときシナを作ったりするからみんな爆笑である。そして手拍子で応える。このおさんに会いたくて毎晩広場にいた。ちなみに立って聴けばタダ。座れば飲み物をとって有料である。「フニクリ・フニクラ」の演奏が始まった。私の近くにいた女性が小さな声で歌いだした。でもその声がみごとなので、みんなが振り向いた。意を決したように歌いだしたその声は広場を圧し、聞き惚れた。休憩となり、隣のライブに移動した。そこで「乾杯の歌」がはじまり、みんな彼女の方を見た。 そしてまたしても完璧に歌った。その夜の花は、このプリマドンナであった。
 ベネチア・ビエンナーレ
 今年で1895年創設以来、50回目を迎える現代美術の祭典である。今年の総合コミッショナーはフランチェスコ・ボナミ(シカゴ現代美術館主任学芸員)。彼が選んだ統一テーマは「夢と衝突」(DREAMS AND CONFLICTS)で、大きく三つの会場に分かれている。八つのテーマによる企画展の会場が大規模な造船所跡地であるアルセナーレ(ARSENALE)、国別のパビリオンのならぶジャルディーニ(GIARDINI)公園。それとサン・マルコ広場の回廊にあるコレール美術館(MUSEO CORRER)。さらにここに入れない、あるいは入らないパビリオンや企画展会場が島内に点在するので、全部をみるのは不可能に近い。ぼくも延べ20時間くらいは会場にいたけど、 足も頭も棒のようになって機能不全におちいった。確かにあったのは「苦こそが喜びである」という私の例のマゾ的感覚であった。何が私を惹き付けるのかといえば、決して職業的な義務感であったり、みんなが働いている時に、自分だけが遊んでいることの後ろめたさからくるアリバイ創りなどではなく、出会ったことのないものに出会へるのではないかという好奇心なのだろう。
 すこし煩雑でになるが、この巨大モンスターのごとき会場を系統的に整理しておく。
1. コレール美術館 「絵画・ラウシシェンバーグから村上まで 1964~2003」  ヨーロッパ主流の絵画動向のなかで1964年にはじめてアメリカ現代美術家のラウシェンバーグが金獅子賞を受賞。今年はアジアの村上隆が代表する。
2. 企画展  テーマ       コミッショナー     日本からの参加
「CLANDESTINE」(悪巧み)  フランチェスコ・ボナミ  土屋のぶこ 横溝静
「FAULT LINES」(断層)    ジレーン・タワドロス
「INDIVIDUAL SYSTEMS」(個別システム) イゴール・ザベル
「ZONE OF URGENCY」(危機) ホー・ハンルー(中国) アトリエ・ワン、キュピ・キュピ 小沢剛  高峯格 
「The STRUCTURE OF SURVIVAL」(生き残りの構造) カルロス・バスアルド
「UTOPIA STAITION」 モーリー・ネスビット 他  オノ・ヨーコ 島袋道浩 
「THE ZONE」(領域)    マシミリアノ・ジオニ
「CONTEMPORARY ARAB REPRESENTATION」  (現代アラブの表現)  キャサリーン・デビッド 3. パビリオン PARTICPATING COUNTRIES
日本館 コミッショナー  長谷川裕子(金沢21世紀美術館学芸課長)
    出品作家  曽根裕  小谷元彦
    テーマ  「ヘテロトピアス(他なる場所)」
このようにぐだぐだ書いてきたのは、要するに訳がわからんということなのです。この他に「エキストラ50」とか「毎日変わる」なんて日替わり定食みたいなコーナーもあるので「闇鍋」状態なのです。きちっと分けられた哲学的コンセプトなど、どこ吹く風。 ともかく疲れる疲れる。あちこちにある大きなベッドのごときソファーにみんなまな板の上に転がされた鮪(まぐろ)の如く倒れ込んでピクリとも動かないのです。 「ヘテロトピアス(他なる場所)」とは非日常的な場所でありながら、現実に対してメッセージを発し、抵抗を示していく場所という意味だそうで、日本もモダニズムの中心からはずれた周辺域でありながらアニメやマンガなど独特の文化を発信するヘテロトピックな場所といえるのでしょう。それが村上隆へと繋がっていると読めるのです。簡単にいえば私が言ってきたことばで言えばマージナル(境界領域)ということでしょうか。
ただし、この日本館は私には面白くなかった。