武内ヒロクニの天才

ヒロクニ氏との関わりをいえば、どこまでさかのぼるのか?
この奇人、天才。混沌の戦後、猥雑な現代を、地べたを這うように、地下でも天上でもなく、最もB級なところに確実にミートしながら、きりもみのように翻弄されながら、主体であろうとしながら、はじきだされ、正統であろうとしながら異端となる。かれの捩じれに捩じれた性格が生み出した「都市曼荼羅としての鉛筆画」の美しさ。
この根気のいる作業を完成するように薦めたのは私に責任があるのだが、そこで現出した武内ワールドの美しさは、まさに彼だけのもの、彼の生きてきた軌跡、オリジナルな美に溢れている。記号化されたモザイクの隅々まで彼の生きてきた時代、空気、埃、淀み、流された血、精液などが塗り込まれている。それが時間の経過のなかで相対化され浄化され、記憶の断片として提示されている。
一般的に評価されない覚悟をもって彼は何事かをなした。この作品の美しさを評価するのは私だけではないはずである。ずっと爆発の予感をもちながら、いまだ不発弾である。
でもぼくのコレクションのなかで、いつも何がしかを語っているのはヒロクニなのである。

島田誠

「輪のイボイボ」
島田氏が言う「アンタも、チョット、ナントか、ナランカ。」と言うのである。五十四才のもなったのだから、ナルのであれば、トウにナッテルダロウ!私にすればヨウ生きてこれたものだと、タメ息、安堵をもらしながら、ギャラリーの階段を登ってきたわけだから—-ナントかナランカはムゴイですゾ。ナランデス。しかしこのカタログ(オレには大画集であります)の作品群では、元版というか、原型づくりをやってみたことにナリマス。ここからケッサクがジャンジャン出る!!スゴイのが生れるという仕組み。永遠!エターナル!曲はラ・クンパルシータ。コブラ!!でナクッチャ。ヤル!と。夕暮れの街でーーーーオレノ目が輪をつくる。輪のイボイボ-真珠のイボイボ。口は災いのモト。ナラば、ドンドン言って言ってイイマクレ。ボランティアじゃナインダよ!この道は!と。シリモチついても起こしてくれない奴ばかし。ナントかナル!ナントかシヨー。「少しは才能もアルミタイだから」とか言われ、マタ言いキカセテ、このテイタラク、いやーーザマーナイデスヨ。個展もグループ展とやらも京都も、オーサカも、ヤッテはみました。いやまったくケナゲナ、ニーサン振りで。やってやって、やりまくれ!
いーひといないか、あの街、この街、歩いて走って70年代。目が輪をつくる。ツライコトがありました。オ前にカイ?あったあったアリマシタ。オレはエカキはビンボーをしないちイケナイものだと思ってた。

武内ヒロクニ
色鉛筆画家 武内ヒロクニ
異端にして反俗。ときに狂気の画家、武内ヒロクニ画伯に「きのこ」のために“きのこ”描いてと電話した。画伯はいま、毎日新聞夕刊に毎週、有名人の食べ物を巡るエッセイに特大色彩異彩画を連載している。瀬戸内寂聴、妹尾河童、田辺聖子、山口洋子などの「お好み焼き」「カステラ」「そば」「ごぼう」などを苦心の跡を見せながら描く。そこで「きのこ」を注文した。武内キノコは煮ても焼いても食えない。貧にして苦、酸にして辛、狂にして毒である。
でも画伯の鉛筆画はそれらを肥やしにして、哀しくも美しい。混沌の戦後、猥雑な現代を、地べたを這うように、地下でも天上でもなく、最もB級なところに確実にミートしながら、きりもみのように翻弄されながら、主体であろうとしながら、はじきだされ、正統であろうとしながら異端となる。かれの捩じれに捩じれた性格が生み出した「都市曼荼羅としての鉛筆画」の美しさに感動する。
そこで現出したヒロクニワールドの美しさは、まさに彼だけのもの、彼の生きてきた軌跡、オリジナルな美に溢れている。記号化されたモザイクの隅々まで彼の生きてきた時代、空気、埃、淀み、流された血、精液などが塗り込まれている。それが時間の経過のなかで相対化され浄化され、記憶の断片として提示されている。
1937年(昭和12年)生まれ、奄美・徳之島の祠やガジュマルの樹のある広大な敷地で4歳までのびのび育つ。そうなのだヒロクニ氏は捩れに捩れ気根(ひげ)が幹と化したガジュマルの大木に棲むというキジムナー(木精)の落胤であると閃いた。
40代の1971年~’77年 まで知る人ぞ知るロックのメディアスポットVOXヒコーキ堂を南京町でやっていたらしいが、その他は何人かの佳人のヒモとして棲息してきた。
その画伯も68才。 膀胱癌、余命六ヶ月と宣告され、全摘出手術を前に脱出・遁走。尿による民間療法で生き抜いて2年半。辛酸なめ妻に甘え、夫であることを忘れ、もの食う人であることを忘れ、ひたすらアートへの思いに浸りきった挙句に存在そのものがB級アート化した巨匠である。
嗚呼、なんの因果か私も15年も画伯の難解な風刺・難癖に耐えて付き合ってきた。私の忍耐のトレーナーである。
でも、ここにしか存在しないもの、氏にしか表現できないものを飢え死を恐れず尿を飲み干してでもやり尽くすヒロクニ氏は凄いのだ。
小賢しいアッパーカルチャーの氾濫の中で傲岸不遜の地下生活者として、都市の喧騒と退廃と官能性を色鉛筆に留めよ。永遠に!!

「武内ヒロクニWORKS DEATH is CANDY」より
1993年 海文堂ギャラリー刊 \1500(税込み)
当ギャラリーのみで販売中

最近のギャラリー島田での個展記録

2006年-7月22日(土)~8月1日(火) アトリエの武内ヒロクニ展
2008年-6月14日(土)~25日(水) 武内ヒロクニ展 -TALK IS CHEAP-
2009年-11月28日(土)~12月9日(水) 武内ヒロクニ展 -しあわせ食堂-
2010年-2月6日(土)~17日(水) 武内ヒロクニ展 -色鉛筆の世界-
2011年9月10日(土)~21(水)武内ヒロクニ展
2013年10月5日(土)~10(木)武内ヒロクニ展『無チン乗車』