埋蔵画家発掘物語
【石井さんとの出会い】
受話器のむこうで、内気な声が必死に訴えるようにしゃべっている。「突然、電話をしてすいません。おたくのギャラリーは、時々拝見させていただいてますけど、先日「ギャラリーインフォメーション」を読ませて頂いて、信濃デッサン館への旅に感激しました。こんな文を書く方なら、私のことをわかってくれるのかと思いまして・・・・」時々胸の病気を想像させるような咳をまじえながら、彼は延々と喋り続けた。「石井一男、49歳。独身。年老いた母親しか身寄りがなくて、内気な性格で、友人もいない。夕刊を駅へ届けるアルバイトを続けながらただひたすら絵を描いている。でも体調も悪いし、あまり先がない予感もする。絵を見ていただくだけでよいから」あまりに暗い話し振りに、途中で電話を切るわけにも行かず途方に暮れてしまう。すがりつく声に、「ともかく、一度資料か絵を持って訪ねてきてください。」と電話を切る。やりとりに耳を傾けていたスタッフが「変な電話ですね」と肩をすくめてみせる。
こうした仕事を続けていると、作品を見せてほしいという話は、しょっちゅうある。それにしても、誰にも習ったこともなく、発表したこともない、ど素人さんでは仕方ないではないか。せめて元気づけてあげるくらいしか、ぼくにできる役はない。そして、その話は忘れてしまった。
数日して、画廊に、白いシャツに紺のズボンをはいたこざっぱりした格好で、キャリーに絵をくくり付けた、顔色の悪い男が現れて「石井です。」と名を告げた。緊張して硬くなり、余計に変に咳き込む彼を促して、ケース一杯に詰められた100点近いグワッシュ(水彩絵の具の一種)を、時間がかかるな、と溜め息をつきながら手に取る。2枚3枚、と繰って行くうちに、今度はこちらが息を呑む番だった。これは素人の手遊びとはとても言えない。どれも3号くらいの婦人の顔を描いた小品だけど、孤独な魂が白い紙を丹念に塗り込めて行った息使いまで聞こえてきそうだ。どの作品もが、巧拙を超越したところでの純なもの、聖なるものに到達している。思わず「なかなかいいですね。」とつぶやいてしまう。本当は「すごいですね」と言ってあげたかったのだけど、何しろ世間から隔絶されていきているようにしか見えない石井さんに、急激なショックを与えてはいけない。
持参の油絵も頑固で禁欲的なマチエールをもった作品で、これもいい。これだけの作品を描ける人が49歳まで、どこにも作品を発表せず、完全に無名で、かつ展覧会を何度も開けるくらいの高い水準の作品を描き続けていたとは、信じられない。そして、石井さんとぼくを結び付けた「信濃デッサン館」の不思議なご縁。この段階で、そのことはおくびにも出さず「近いうちに、もう少し作品を拝見しに、アトリエへ伺います。」と、涙を流さんばかりに目を輝かせている石井さんに伝えて、この日は別れた。
発表するあてもない作品は、「無名のままであり続けて風化して土に帰ればよい」という言葉そのままに、一点としてサインもなく、まことに潔い。それにしても信じ難い思いに取り付かれる。
【石井一男の花展】
石井一男さんの新しい世界をご覧下さい
石井さんの絶対的孤独の世界は今も変わりません
しかし、石井さんの心に咲いた花々は、深い闇の中から
玄妙に浮かび上がったように美しいものです。
(’99海文堂ギャラリー案内状より)
【石井一男の聖と俗】
石井さんの新作には心底驚かされた。
石井さんの聖なる女性のイメージを突き動かした原因は私にある。
余りに一つのイメージに、閉じこめたら息苦しいのではないかと思い、花を描くように薦め、次には「顔展」への制作を依頼した。そして今回。その変貌ぶりは実際に見ていただく以外にない。聖なるものの裏側の泥々、混沌から死に至るイメージまで、それは暴力的なまでの破壊といってもいい。
あるいはそれは石井さんにとっての必然であったかもしれない。
そしてそれが、再生へとつながっていくことを祈らずにはおれない。
(2000年海文堂ギャラリー案内状より)
最近のギャラリー島田での個展記録
2002年6月5日(水)~6月13日(木) 石井 一男 展~こころのかたち~
2003年7月15日(火)~7月29日(火) 石井 一男 展
2004年11月6日(土)~11月16日(火) 石井一男個展 -ひとり立つ
2006年6月24日(土)~7月5日(水) 石井 一男 展
2007年9月1日(土)~9月12日(水) 石井 一男 展
2008年10月4日(土)~10月15日(水) 石井 一男 展 (画集「絵の家」出版記念)
2009年12月12日(土)~12月27日(日) 石井 一男 展 -絵の家のほとりから-
2010年1月10日(土)~2月3日(水) 石井 一男 展
2011年11月5日(土)11月~16日(水)石井 一男 展
2012年12年1日(土)12月~12日(水)石井一男展
2013年11月30日(土)〜 12月11日(水)石井一男展
■ 略歴
1943年 神戸市生まれ
1992年 海文堂ギャラリー(神戸)にて初個展(以降,毎年)
1994年 ギャラリー石(大阪)個展
ギャラリー愚怜(東京)個展(’97,’99)
1996年 松明堂ギャラリー(東京)個展(‘98,2000)年
1998年 現代中国芸術センター(大阪)個展